法律

2009年7月28日 (火)

報道に罪はないのか?

2009年7月28日 晴れのち雨
気温はそう高くないが、湿度は高く、体感温度はやや高めです。

しばらく忙しく更新できないでいました。今日は少し時間ができました。

報道により辛い思いをしている方々はいるでしょう。しかし、報道に罪が認められることは稀にしかありません。東京女子医大で起こった心房中隔欠損症手術時の人工心肺事故では、現在、無罪が確定した被告に対して、不十分な調査に基づく報道でその名誉を毀損したと思われる事例がありましたが、今回、高等裁判所では『報道機関の罪』が認められませんでした。

地方3紙の賠償責任なし=通信社記事掲載の名誉棄損認めず−女子医大事故報道・高裁

<以下引用>
『地方3紙の賠償責任なし=通信社記事掲載の名誉棄損認めず−女子医大事故報道・高裁
 東京女子医大病院(東京都新宿区)の医療事故に関する共同通信社の記事で名誉を傷つけられたとして、刑事事件で無罪が確定した佐藤一樹医師(45)が同社と配信記事を掲載した地方紙3社に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は28日、3社に計385万円の支払いを命じた一審判決を取り消し、原告側の請求を棄却した。一審と同様、共同通信の責任も認めなかった。
 3社は秋田魁新報社(秋田市)、上毛新聞社(前橋市)、静岡新聞社(静岡市)。
 判決で都築弘裁判長は、通信社の配信システムを、「全国民に情報を伝達するために有用で、国民の知る権利に奉仕する報道の一形態として尊重すべきだ」と述べた。
 その上で、共同通信は正確な記事を配信できる態勢を整えており、記事の正確性のチェックなど必要な措置を取っていると指摘。3社について「取材するに当たっての注意義務を共同通信が履行することを期待できた」として、注意義務違反はなかったと認定、過失責任を否定した。
 一審東京地裁は「通信社の記事でも、真実性について高い信頼性が確立しているとは言えない」として、掲載紙側の責任は免れないとしていた。
 判決によると、3社は2002年7月、心臓手術を受けた小学6年女児の死亡事故について、佐藤被告の医療ミスが原因とする共同通信の配信記事をそれぞれ掲載した。
 佐藤医師は業務上過失致死罪に問われたが、一、二審とも無罪とされ、今年4月に確定した。(2009/07/28-20:37)』
<引用終わり>

報道機関はその影響力の大きさから、ときにヒトを傷つけることがあります。しかし、その罪が認められることが稀なのはどうしてでしょうか??刃をもつものに、十分な抑制力をもって対処しなければ暴走するだけでしょう...。

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2009年7月 2日 (木)

遺産

2009年7月2日 晴れ
昨日はゲリラ豪雨。今日は晴れです。

付近では、溶連菌感染症、ヘルパンギーナなどが流行中です。

さて、このほど急死したビッグスターのマイケル•ジャクソン氏の遺産のことで、故人の周りは騒がしくなっています。コレだけのものを残せば、当然、争いがおこるでしょうね...。悲しいことですが、それが人間の性です。幸いなことに、(多分?)有効な遺言状が残されています。ダイアナ•ロス氏を実子の養育者として挙げていることには驚きました。

マイケルさん遺産550億円、養育権にロスさんの名も
魚拓はとれません。

<以下、引用>
『マイケルさん遺産550億円、養育権にロスさんの名も

 【ロサンゼルス=飯田達人】急死した米歌手マイケル・ジャクソンさん(50)の元弁護士が1日、ロサンゼルス郡上級裁にマイケルさんの遺言状を提出し、その内容が公開された。

 2002年7月に本人が署名したもので、全財産を同年に設立した自らの基金に預け、管理するとしている。

 子供3人の養育権については、マイケルさんの母親キャサリンさん(79)にあるとし、うち子供2人の実母デビー・ロウさん(50)には養育権がないと明記。キャサリンさんが養育できない場合は、ダイアナ・ロスさん(65)に養育権が移ると決め、弁護士ら3人を遺言状の執行人に指名した。

 米国を代表する黒人歌手、ダイアナ・ロスさんは、マイケルさんをジャクソン5の一員として売り出したことで知られ、マイケルさんの長年の親友とされる。

 マイケルさんの遺産額は今後精査されるが、AP通信は、07年3月時点で負債が3億3100万ドル(約321億円)あるものの、資産は5億6700万ドル(約550億円)あり、2億3600万ドル(約229億円)が残る見込みだとしている。

(2009年7月2日11時44分 読売新聞)』
<引用終わり>

多額の遺産を残す場合は、キチンとした遺言状を残しておくのがエチケットでしょうね...。ふと、感じました。

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2009年6月18日 (木)

難しい問題

2009年6月18日 曇り
朝から曇ってはいるのですが、雨は降りません。空梅雨です。

さて、日本において自身の意思を十分に表すことのできない小児が脳死に至った場合、現行の法制度であれば、その小児から臓器移植のための臓器を得ることは許されていません。臓器提供の意思表示を確認できないため、あるいは、脳死の原因に虐待の可能性を否定できないからともいわれています。

ただ、そのため『生きるには臓器移植しか道が残っていない日本の小児』はこれまで、生体間移植か外国に行って移植をうけるしか方法がありませんでした。特に心移植は生体間移植は当然不可能であり、拡張型心筋症などで移植しか方法の残されていない小児は、現在でも渡米したりして移植手術をうけるしかありません。

海外で臓器を得て生命を得ることは、当地の臓器を待っている患者さんたちには、どう映るのでしょう。移植を行う技術は十分に熟成されている日本において、小児だけは法整備の問題から国内での移植が行われない。

また、日本では亡くなった小児のご両親に、移植のための臓器提供を承諾するほどの素地が整っているでしょうか??難しい問題です。しかし、いつかは超えて行かなければならない問題でもあります。

臓器移植法改正「ようやく前進」「あと一歩」患者家族ら拍手

<以下、引用>
『臓器移植法改正「ようやく前進」「あと一歩」患者家族ら拍手

 「一歩前進だ」――。臓器移植法改正案が衆院本会議で採決された18日午後、15歳未満の臓器提供を可能にするなど移植増加につながると期待される「A案」が可決されると、傍聴席に詰めかけた患者家族ら賛同者から拍手がわき起こった。

 参院の審議を控え、先行きはまだ不透明なだけに、家族らは「成立に向け、さらに支持を訴えていきたい」と表情を引き締めていた。

 米国での心臓移植を目指した一人息子の聡太郎ちゃん(1歳)を昨年12月に亡くした中沢啓一郎さん(37)、奈美枝さん(34)夫妻はこの日、本会議場の傍聴席から身を乗り出すように、賛否の札を投じる議員の姿を見つめた。可決で拍手が起こる中、啓一郎さんはあふれる涙をハンカチで覆った。

 拡張型心筋症の聡太郎ちゃんは昨年8月、「年内が精いっぱい」と医者に宣告された。移植を受けるしか助かる道はなかったが、日本では15歳未満の臓器提供は認められていない。渡航移植には1億6600万円が必要だった。街頭募金で金銭面のめどをつけ、向かった米国で聡太郎ちゃんは力尽きた。

 「もっと早く法改正の議論をしてもらえれば、聡太郎も今、元気だったのではないかと思えてならない」。採決後、A案賛同者とともに国会内で記者会見した啓一郎さんは、悔しさをはき出した。妻が抱える息子の遺影を見つめ、「A案で採決できたよと報告できる。参院審議があるが、一歩踏み出せた。息子と共に最後まで頑張りたい」。奈美枝さんは「私たちと同じような思いをほかの人がしないで済むための一歩を踏み出せた」と控えめに語った。

 今年1月、9か月の長女心春(こはる)ちゃんを拡張型心筋症で亡くした岡田由紀さん(31)も、中沢さん夫妻の隣で本会議を傍聴。渡航移植を目指して募金活動の準備中に娘を亡くし、いつも遺影を持ち歩いているという岡田さんは「天国から見てくれていたと思う。参院での成立まで頑張りたい」とかみしめるように語った。

 A案を支持し、一緒に会見に臨んだ日本移植者協議会の大久保通方理事長(62)は「ようやく成果が一つ出たが、なぜこれほど時間がかかったのか。参院では迅速に集中審議し、確実に今国会で結論を出してほしい」と訴えた。

 一方、「議論が尽くされていない」などとして、移植の要件緩和に慎重なグループも国会内で記者会見し、落胆の表情を見せた。

 全国交通事故遺族の会の佐藤清志さんは「前日まで元気だった子が、急に事故や病気で脳死状態になった場合、家族は冷静な判断ができない」として、本人の意思が不明でも家族に判断が委ねられるA案に異議を唱えた。

 臓器移植法改正に反対する市民団体の川見公子事務局長は「難しい問題で、国会議員の中でも十分理解されたとは言い難いのに、短時間の審議で採決された。怒りを覚える」と話した。

(2009年6月18日22時32分 読売新聞)』
<引用終わり>


難しい問題です。しかし、臓器移植を待っている小児患者さんも一日千秋の思いで待ってることでしょう。時間もあまりないのが本当です。

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2008年8月 5日 (火)

たまんねーな...

2008年8月5日 晴れのち雨

このごろは、夜間の呼び出しが多く...寝不足が続いています。朝晩冷え込んできているので、喘息の児が発作を起こして来院し、入院となることもあります。

さて、医師法21条は異状死体の届出について規定するものですが....現在はその範疇を超えた拡大解釈がなされ、医師は処罰されます。

【2008年7月30日】次のような記事が共同通信社から報道されました。見出しは”医師法違反で罰金30万円 特養ホームの転落死届けず ”でした。

 特別養護老人ホームでストレッチャーから転落した女性=当時(85)=の死亡を警察に届けなかったなどとして、医師法違反と虚偽診断書作成の容疑で書類送検されたさくら病院(福岡市城南区)の男性医師と副院長について、福岡区検は30日までに、医師を医師法違反の罪で略式起訴、福岡簡裁は罰金30万円の略式命令を出した。

 副院長は不起訴処分とし、医師も虚偽診断書作成罪については不起訴となった。検察側は不起訴処分の理由を明らかにしていない。

 福岡県警の調べでは、福岡市中央区の特養ホームで昨年8月、職員が介護の際に女性を誤ってストレッチャーから転落させ、さくら病院で死亡が確認されたが、医師は警察に届けなかったとされる。

 さくら病院の江頭啓介(えがしら・けいすけ)院長は「異状死の届け出については現在、広く論議されている問題であり、特にコメントすることはない」としている。

関連病院とはいえ、別の施設で生じた事故により亡くなられた患者さん。診断に関わったのみの医師が、略式起訴されるのは...納得がいくことではありません....。どのような状況であったか?詳細にわかる訳ではありませんので....これ以上は突っ込むことをしませんが、警察の横暴さを感じずにはいられません。

『ある特養で85歳寝たきりの方を介護師が入浴につれて行き、ストレッチャーの柵をおろしたまま反対側に回ろうとしたとき、入所者が転落し頭部を打撲、系列病院に搬送後死亡。病院は診断書に「病死又は自然死」と記載した。特養では10日後、規定により市に報告し、市は”警察に通報なし”の記載を気にして、警察に届け出るように施設に指導、特養から警察に届けが出された。警察は捜査により病院副院長および医師に診断書虚偽記載と届け出義務違反の容疑をかけた。結局簡易裁判所は担当医の届け出義務違反に罰金30万円の略式命令をだし、そのほかは不起訴になったというものでした。ネットIBというwebニュースで集中的に4回にわたって報道されています。』

なぜ、柵を下ろしたまま反対側に回る必要があったのでしょうか?そこには、現在の介護の現場に潜む人材不足がありそうです。それは、さておき....医師はこのようなときには....警察の手先になって、事件性があるのかどうか?判断する必要があるのでしょうね....。医者が医者してればいい時代は終わりを告げたようです。

『医師の届け出義務違反は21条の拡大解釈によるものです。現場では外傷があり死亡したところまではわかりますが、転落死の事実がわかっていても過失かどうかを判断することは不可能で、過失が犯罪かどうかもはっきりしない。見込みだけで人を訴えることはよほどのことでないと出来ないし、現場の医師一人ひとりで判断は異なる。普通は施設が警察に報告をすると思うが、介護保険法では届け出先は市町村と決まっていて、警察通報は明記されてはいない。細かい事情がわからないのでこれ以上は話を進めないほうがよいでしょう。ただ、救急には救命処置という重要な役割があり、警察や検察が救急の医者を手下だと思って届け出に注文をつけ、勝手な解釈で処罰までされるのはたまんねーなと思います。ともかく特養はこの事件をすみやかに市にとどけ、自らの手で原因究明を行えば、現在の介護現場の問題が浮き彫りになったのに残念な事件です。』

ほんとたまんねーなです。医師が医療の現場の中で、この死には事件性がある、こちらは事件性がないというような判断をつけなければ、刑事事件となる。ということであれば...とんでもないことですね...。医師法21条の解釈はこのままではいけないでしょう。

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2008年5月13日 (火)

どうだろう...

2008年5月13日 晴れ
清々しい天候です。どこかにドライブでも行きたいくらいですが....重症を抱えるとそうもいきません。(悲)

さて、悲しいニュース。まずは、55歳でくも膜下出血にて亡くなられた女性、及び、その御遺族の方々に深甚なる弔意を表します。

記事は信濃毎日新聞から。

くも膜下出血見逃し女性死亡 佐久病院医師を書類送検
魚拓

『県厚生連佐久総合病院(佐久市臼田)で2004年10月、頭痛を訴え受診した佐久市岩村田、主婦小林美幸さん=当時(55)=がくも膜下出血で死亡し、夫の哲さん(59)夫が医療ミスがあったとして告訴していた問題で、南佐久署は13日、診察した同病院のF医師(29)=佐久市中込=を業務上過失致死の疑いで地検佐久支部に書類送検した。』

残念なことです。どのようなミスがあったのでしょうか??

『調べによると、深沢医師はくも膜下出血の初期段階を疑い、適切な検査と治療をしなければならなかったのに怠った過失により、05年1月12日、同病院で小林さんを死亡させた疑い。同日、告訴状を受理し、捜査をしていた。深沢医師は過失を認めているという。』

頭痛は普遍的な症状で、その中にはくも膜下出血の初期段階のようにほっておくと死亡に結びつく様な疾患も含まれます。特に、急激に発生した「いままで経験したことのないような」頭痛においては、原因精査のため検査を行うべきだと思われます。

『同署などによると、小林さんは04年10月23日、後頭部に急激な痛みを感じ、同病院の救急外来を受診。「肩凝りによる頭痛」と診断され帰宅したが、数時間後に意識不明になって同病院の集中治療室(ICU)に入院し、意識が戻らないまま死亡した。受診時に小林さんはくも膜下出血の恐れを伝えたが、深沢医師はCT(コンピューター断層撮影)検査などをしなかったという。深沢医師は研修2年目で、当日は土曜日だった。』

頭痛の患者さんに、すべて頭部CTを行う訳ではありません。危険な症状(急激に発症したもの、項部硬直を伴うものなど)を呈するものはするべきであろうと考えています。また、くも膜下出血の初期は、髄腔内に漏れる血液量が少なく、頭部CTでも診断できない症例も多くあります。診断するためには、頭部MRIを併用し、それでも診断できなければ腰椎穿刺して髄液中に血液が漏れていないか?を評価します。しかし、そうこうしているうちに、second attackが起きて助からない....。ということもあるのです。かなり、コワい病気です....くも膜下出血。

最初の時にCT撮ってれば、診断できたでしょうか??ギモンは残りますが、CTを撮っていれば...「診断が難しかったのだ....」と思えるのかもしれません。

『哲さんは「医師はくも膜下出血の症状をよく知らなかったようで憤りを感じる。病院側は示談を申し込んできたが断った。起訴されるか経過を見守りたい」と話した。』

憤りを感じるのは仕方がないでしょうね...ただ、この医師が起訴されて刑事事件となれば、その鬱憤は晴れるのでしょうか?どうでしょうね....。

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2008年5月11日 (日)

医療と刑事責任

本日2稿目となります。

医療と刑事責任については拙ブログでかなりの量、扱ってきました。医療とは本来、不確実なものです。医師は神ではない...。死人を生き返らすこと、死にゆくものを引き止めることも出来ないのかもしれません。しかし、そこに一分の可能性があれば医療行為を行う価値があるはず。そして、それが残念な結果に終わっても....刑事的に訴追されるのだけはそぐわないと感じます。

ある韓国ドラマで、最近、高官に仕える侍医の話がでてきました。その高官の病は、全身に広がり、「骨まで病に侵されている、救うことは不可能である」と、投獄されている侍医はもらします。更に、「その高官が亡くなれば、私の命も尽きることになる」。つまり、死刑となるのです。

正当な医療行為に刑事責任を負わせることは、そのドラマの中の状況と似ています。新羅の時代と現在....何が変わったのでしょうか?ひょっとして、変わってないのかもしれません。

「刑事責任追及に違和感」 5月10日0時24分配信 医療介護情報CBニュース
魚拓

『元日本外科学会会長の門田守人阪大医学部教授は5月9日、「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」(会長・尾辻秀久元厚生労働相)の会合で、厚生労働省が設置を検討している医療安全調査委員会(医療安全調、仮称)が作成する調査報告書の取り扱いに関連して、「刑事責任の追及には違和感がある」と述べた。』

この部分は私の感覚と一致します。

『門田教授はこれに対し、個人的な考えと前置きした上で、「電車事故などは人間がつくった機会を人間が扱うことで起こる事故。医療事故は神がつくったものを人間が扱うことによって起こるものなので、全く違うものだ」と強調。その上で、「例えば大動脈瘤(りゅう)が切迫破裂したとして、手術しても、しなくても死ぬ。でも1割の確率でも助かるかもしれないからやる。これをどう読むか。やってみないと分からないが、機械的に処理できるものではないため、医療の世界で刑事責任を追及されることについては違和感がある」と主張した。さらに、もし刑事責任が追及されるようなら、「医療はますます崩壊する。万が一、助かるかもしれないとして実施する手術などを誰も手掛けなくなる。国民がそれを認めるかどうか、国民とディスカッションすべき」と述べた。』

まさに、我々がいわんとすることを表していると思います。機械の操作などは、高い確率で結果を予想できます。しかし、人間の場合はなかなか...。そして、手技は生命に直結するのです。神でない限り、100%を期待することはできません。

もちろん、故意の過失や、明らかに「それしちゃダメでしょ...」という事例は、対応を考えなければなりません。その線引きが難しいでしょうね。

これからの、日本の医療が萎縮せず、堂々と「患者さんを救うために努力できる」環境になることを希望します!

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2008年4月10日 (木)

問題の根源

2008年4月9日 雨

花散らしの雨です。しかし、おかげで鼻の調子は良好。

さて、「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」は厚生労働省が主催する会議です。しかし、その議論は二転三転...そのproductの名前でさえも...医療事故調査委員会から医療安全調査委員会と変化を遂げています。その座長は刑法学者の前田雅英氏ですが...その議論の進め方などについてギモンを呈する声が大きい!

m3.comに掲載されている「医療維新」というコラム。4月7日分より抜粋します。

『大野病院事件は「重大な過失」「悪質な事例」か -“医療事故調”が警察に通知する事例を考える -』

『検察官の論告は、
 「基本的注意義務に著しく違反した悪質な行為であることは明らかであり、被告人の過失の程度は重大である」
 「産婦人科医としての基本的な注意義務に違反し、医師に対する社会的な信頼を失わせた」
 「被告人は、(中略)信用できない弁解に終始している」
 「こうした責任回避の行為は、(中略)医療の発展を阻害する行為であり、非難に値する」
 「被告人は被害者を自ら検案し、その異状を認識していたが、医師法に基づく届け出も怠った」』

医療の世界にドップリ浸かっていない検察の方々には、臨床の現場を理解しろというのは土台無理な話しでしょう。臨床的な実力があり、酸いも甘いも嗅ぎ分けた人間がこのような論告を行うべきです!とてもとても、こんな論告を飲み込む訳にはいきません!!!!(怒)

『論告の前には既に、被告の加藤克彦医師の産科手術に関する医学的観点からの鑑定意見が複数、公判廷に提出されている。検察は既に十分にこれら鑑定を吟味した。それにもかかわらず、検察は加藤医師の産科手術を「重大な過失」であると断じ、「悪質な事例」と評しているのである。』

もう既に救いがたいというレベルでしょう。善人であろうが、悪人であろうが....こき下ろすのが職務でしょうから....仕方がないでしょうか?

『重過失致死罪の記述に、「重過失とは、注意義務違反の程度が著しい場合を言う」、「わずかの注意を払うことにより結果の発生を容易に回避し得たのに、これを怠って結果を発生させた場合」とある。

 前田氏の記述に従うように、検察は大野病院事件の産科手術事例を「重大な過失」に当たると認定してしまった。公判廷で、無過失を証明する数々の医学者の鑑定が提出されたにもかかわらず。』

この記述が表しているのは、検察には公平な判断を求めることが難しい(特に、非常に専門性の高い医療等の分野では...)ということでしょうね。公平な判断を行うために、新しく「医療安全委員会」を作り、その判断で「刑事事件相当」ということになれば検察に回るという動きが理想的であるはずです。過失の有無に関わらず、残念ながら重大な事故に遭われた患者さん、そして家族の方々が、その処罰心情の大きさによって起訴相当かどうか?決められるようであれば、医療を施そうとする者たちはほとんどいなくなってしまうでしょう。

『厚労省は、医療死亡事故の死因究明などを行う、医療安全調査委員会の創設に向けて、4月3日に第三次試案を公表した。これは前田氏の検討会の議論を受けたものだが、今までの過程では、医療安全調査委員会が警察に通知する「重大な過失」の定義や範囲について、まともな議論がなされなかった。

 現に、その前田氏自身が、3月21日に開催された日本学術会議の公開講演会で、この点につき、「言葉の問題を正面に持っていくと議論が止まってしまう」と述べられたそうである。つまり、「重大な過失」の定義・範囲を議論しなかったのは、意図的なものだったらしい。』

重大な過失の定義がはっきりしないと、なんでもかんでも重過失にされる可能性があります。この、議論を避けるのはこの会議の存在意義を否定することにならないか?と危惧します。

『実体法が改正されず、法解釈にも変更がないとすると、大野病院事件に代表される産科手術事例も、「重大な過失」の典型例とされざるを得ない。最終的に裁判官がどう判断するかは不明だが、少なくても検察は「重大な過失」として扱っているからである。
 
 しかし、それでは巷で思われてきたことと、全く違ってしまう。今まで巷では、少なくても大野病院事件のような手術事例は、「重大な過失」には当たらない、と信じられてきたのである。』

恐ろしいことです。医療の現場では「過失なし」とうけとられる事例でも、裁判の場では「重過失」とされる。コワくて医療なんてやってられないと医師は感じるでしょう。

議論は尽くされていない。座長自らが、問題の根源であるということです。

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2008年2月22日 (金)

錯綜

2008年2月22日 晴れのち雨
雨のためか...暖かい一日でした。

さて、昨日のエントリーに関連した動きです。厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」(座長=前田雅英・首都大学東京法科大学院教授)はこれまで12回の会合を開いていますが、その議論は「会議は踊る、されど進まず」さながら錯綜を続けている様です。

「再発防止」に方向転換、議論が錯綜 2月22日21時20分配信 医療介護情報CBニュース
魚拓

『「個人の責任追及を目的とした制度」という批判がある医療事故調査委員会について、厚生労働省は「医療安全」や「再発防止」を目的とした制度であることを強調している。厚労省は「死因究明等の在り方に関する検討会」で、再発防止に重点を置いた「業務改善命令」や「再教育」などの行政処分を提案し、大筋で了承されている。しかし、医療界からの反発を受けて方向転換を図ったため、再び議論が錯綜してしまった。』

どうも、流れている情報を見聞きすると『医師を罰するための組織を作る』という感覚でみてしまいます。医療界は「大野事件」「奈良事件」を経験しているだけに、危惧する意識は強いといわざるを得ません。

『これまでの意見を集約すると、制度の目的として(1)真相の究明、(2)患者の納得、(3)再発防止、(4)責任の追及、(5)被害者の救済——などが挙げられている。
 厚労省が昨年8月に公表した中間的な取りまとめでは、「すべてのベースになるものが真相究明」としており、上記(2)〜(5)よりも真相究明を重視している。「真相究明」は「責任追及」につながりやすい。
 しかし、この検討会の第1回目を開催する前の「試案」(07年3月公表)の段階では、▽患者にとって納得のいく安全・安心な医療の確保、▽不幸な事例の発生予防・再発防止等——の2つが挙げられており、上記(1)よりも(2)と(3)に比重があった。』

真相の究明ができなければ医療事故を調査する意味はないでしょう。しかし、真相を確かめるためには自由に意見を言える環境作りが必要です。実際にはインシデントレポートなどで使われている考え方の「免責」ということが必要です。「真相を話したがために、自分に懲罰が下るということ」になると、真実はでてこなくなります。現在の医療水準に比較して著しくかけ離れた過失や故意により生じた医療過誤は処罰する必要があるでしょう。それを適確に判断でき、そして公平性を保った組織にするべきです。(これが難しいでしょうけど...。)

真相が上がってくれば、再発防止の観点で動くことが出来る様になるでしょう...。しかし、これも大きな仕事で、それなりの大きさをもった組織が必要です。

患者の納得については、早期に真相を解明し、必要であれば当事者による謝罪を行うことが必要で、患者さん側への精神的サポートも必要です。また、これが重要ですが「誤った事実に基づいて謝罪が行われるべきではない」ということです。不幸にして事故に見舞われた患者さんを支えること...これが重要なのではないかと感じます。そういった観点で行くと、事故に遭われた患者さんに近いところでの活動が重要で、日本の各ブロックに一つといった組織ではどうにもフットワークに欠ける様な気がします。むしろ、各病院内に専門部署を作り、残念な事故が起こった際に「すぐに患者さんのもとに行き、必要なフォローを行う」とした方がいいのではないかと思います。

『このように、「出口」(ペナルティー)の部分で再発防止に重点を置くならば、「入り口」(届け出の範囲)を広げる必要性が出てくる。事故の予防や医療安全に役立つのであれば、故意・重過失や悪質事例に限定せずに、軽過失の事例や判断が難しい事例を広く届け出る制度にする方が一貫するだろう。』

入り口を広げることには賛成です。多くの事例から、今後の糧とするべきです。しかし、そうすると、どうしても組織は肥大化します。肥大化すれば、当然「お金の問題」が絡んできます。しかし、日本は社会保障費よりも公共事業費が多い国です。再発防止で患者さんのためになるのであれば、そこにお金をつぎ込んでもいいのでは??と感じます。

『この日、東大病院救急部の矢作直樹部長が参考人として出席した。29事例の振り分けが適切かどうかについて意見を求められ、次のように答えた。
 「個々の事例ではなく、制度設計の問題について述べたい。医療安全の向上に資するためという目的であるならば、入り口では届け出を多くして、(届け出なかった場合の)ペナルティーを抑える。そして、出口の行政処分のところは社会常識的で妥当な結論に落ち着くようにすべきだ」
 その上で、矢作参考人は「厚労省のフローチャートと実際の事例にはかい離がある。このフローチャートだと、届け出が不要になる事例が多くなるのではないか」と述べた。』

この考え方には同意します。厚生労働省は、ここで入り口をしぼってはいけません。(その裏には、「お金の問題」があるんでしょうけどネ)

『今回、厚労省は「再発防止」を強調しながら、「届け出の範囲」を限定的にしたため、再び議論が錯綜してしまった。』

この委員会はきちんと作るべきです。それができなければ、日本の医療は衰退するでしょう....。

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2008年2月12日 (火)

割り箸事故の民事訴訟

2008年2月12日 晴れのち雪
粉雪が舞っています。積もる様な雪ではありません。

1999年に割り箸を口にくわえて転倒し、残念なことに亡くなられた幼児の事故の民事訴訟判決です。
診察医師の過失認めず、遺族の請求棄却=男児割りばし死亡事故−東京地裁 2月12日15時31分配信 時事通信

『東京都杉並区で1999年、杉野隼三ちゃん=当時(4つ)=が割りばしをのどに刺し死亡した事故で、医師が適切な治療を怠ったとして、父の正雄さん(56)らが病院を経営する学校法人杏林学園(三鷹市)と医師に総額約8900万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12日、東京地裁であった。加藤謙一裁判長は「頭蓋(ずがい)内損傷を予見することが可能だったとはいえない」として、遺族の訴えを棄却した。遺族側は控訴する方針。』

咽頭部穿通性外傷は非常に怖い外傷です。咽頭部の裏には脳髄があり、その隔壁は非常に薄いのです。本例は、レトロスペクティブにみて頭蓋内に割り箸が穿通してあったのをCTで確認したとしても、救命できなかった症例であるとされているようです。もちろん、救命できるものであれば予見する必要はあると考えますが...。事故を予防するという観点も必要ではないかと感じます。

『棒や箸などの長いものを口にくわえる習慣を子供に付けさせてはいけません。』

事故予防の教育のときに我々小児科医は口を酸っぱくして言い続けています。

そして、幼児の死亡原因において最多なのは『不慮の事故』です。転倒や転落、窒息などの原因を除去しましょう。

この御両親の辛い気持ちが訴訟という手段以外で癒えますように...。願っています!

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2007年3月20日 (火)

死を選択する権利...

2007年3月20日 晴れ
我が国では、救命のために装着された人工呼吸器を外すことは、それを外したものに殺人罪として立件されるリスクを背負わせることになります。そして、世界をみわたすと、一部の国では「尊厳死」が認められているようです。「尊厳死」については、国内でもこれまでも議論されてはきているようですが、容認するグループと、絶対に容認できないグループがあり、なかなか一定した落としどころがないといった様相です。

さて、ALS: Amyotrophic lateral sclerosis, 筋萎縮性側索硬化症は筋肉を動かす指令を送る運動ニューロンという脊髄に分布する神経細胞が徐々に死滅し、自分の意志で筋肉を動かすことができなくなる病気です。発症や進行の仕方により病型が分かれますが、典型的には下肢より筋力低下が進行し、最終的には呼吸筋がおかされ人工呼吸がないと生命を維持できない状態となります。その一方で、知能や、精神、感覚に関しては、脳自体がおかされるわけではないので、最後まで維持され患者さんに大きな苦痛を与えます。
眼筋を含めた全随意筋が麻痺する状態を全随意筋麻痺(totally locked-in state = TLS)とも呼ばれていますが、まさしく死よりも辛い状態ではないのか?と感じます。

共同通信の記事

『2001年秋、神経内科外来の一室。中村久志(なかむら・ひさし)さん(仮名)は、病気が進行し、ほとんど動かせなくなった大柄な体をベッドに横たえ、思い詰めた顔で荻野医師に切り出した。首にあけた穴から人工呼吸器のチューブが伸びていた。
 「今からでも呼吸器を外したい」
 バス運転手だった久志さんを異変が襲ったのは前年、36歳の時。息苦しさが募り、別の大学病院で01年春に筋委縮性側索硬化症(ALS)と診断され、すぐに呼吸器をつけた。「つければ生きられる」と説明されたからだ。』

ALSは患者さんにも、そして、それを診療する医療者にも残酷な選択を突きつけます。人工呼吸を行うか?それとも死を選択するか?生命をながらえたとしても、徐々に進行する麻痺は、患者さんを脳の中に閉じ込めてしまうこともあります。

『荻野医師は何度も言い聞かせた。不自由な体でも前向きに生きる患者はたくさんいること。呼吸器を外せば外した人が殺人罪に問われかねないこと。「病気を嘆くより、生きることを考えよう」
 自宅で泰子さんの介護を受け、3カ月おきにショートステイ(短期入院)する生活が落ち着くと、久志さんは気力を取り戻した。パソコンを口で操作して友人とメールを交換。泰子さんらと温泉旅行にも行った。
 しかし、04年春には指も口もまったく動かなくなり、パソコンの楽しみも奪われた。「死にたい。呼吸器を外して」。残された目の動きで文字盤の文字を示し、再び訴えるようになった。』

現在では、自宅でもある程度までは管理できるようになってきています。しかし、時間ごとの吸引や、体位変換、その他諸々...介護力は必要です。パソコンはある程度までは使える様です。

『しかし、04年春には指も口もまったく動かなくなり、パソコンの楽しみも奪われた。「死にたい。呼吸器を外して」。残された目の動きで文字盤の文字を示し、再び訴えるようになった。
 泰子さんは診察のたび、荻野医師に手紙を渡した。「『おふくろ、もう限界だよ』と涙をぽろぽろ流します。私が連れていくしかないのでしょうか」。文面は深刻さを増していた。』

徐々に進行する病態。知能や感覚は保たれるだけに、辛いと思います。周りの方々も苦しい。特に介護する方は辛い...と思います。

『8月26日夜。泰子さんは自宅で久志さんの呼吸器を止め、包丁で自分の手首を切った。翌朝、荻野医師の携帯電話が鳴った。当直医からの緊急連絡。「久志さんが亡くなりました」
 「何で!」。全身の力が抜けた。自分にも3人の娘がいる。母が子の命を絶つなんて。「お母さんにやらせてしまった」。一命を取り留めた泰子さんは7日後、殺人容疑で逮捕された。』

日本には「尊厳死」という概念が法律上ありません。このような、治療法もない徐々に進行して閉じ込められてしまう疾患で、本人が「死」を希望しても、それを幇助するのは「殺人罪」としてのリスクを負うことになります。人工呼吸器で生きている患者さんは、まぎれもなく生きています。でも、その生命の質が非常に劣悪で堪え難いものであったならばどうでしょうか?

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