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2008年4月28日 (月)

状況は似ている。

2008年4月28日 晴れ
久々の外来。結構な数いらっしゃいました...。

さて、ひょんなことで読み始めた「鳶色の襟章(堀 元美 著)」という本。海軍の造船大尉であった堀 元美さんが戦前から戦後にかけて、その経験を手記にしたものです。旧日本海軍内にいる技術系士官という、やや特殊な状況で周囲をみていますが、その中に出てくるのは生の戦前、戦中、戦後です。そして、軍艦を作る側という戦時に大きな影響を受ける部署にいる人間の感性は鋭く時代を記述しています。

日本人がそのときに何を感じていたのか?を知るための手がかりとして非常に優秀であると考えます。

その中の一節。

非常時気分(その二)
<引用開始>しかし、ある時廠務懇談会というのがあって、各部の部員はなるべくたびたび現場を回って、工員の怠慢が見つかったら厳重に指導せよ、という総務部の某少佐の発言となったとき、私は立ち上がって正面から反論した。
「われわれ技術官は守衛ではない。つねづね部下工員を教導して職務に忠実であれということは十分指導しているつもりだ。それよりも、必要な工具が工器具室に十分に用意されていなかったとか、必要な鋼材が工事に間に合わなかったとか、ある工場から次の工程のために別の工場に引き渡す半製品が、手配のまちがいから予定どおり渡せなかったなどということから、せっかく熱意をもって働こうとしている工員を待たせることで、どのくらい彼らの熱意を冷却させるかということこそわれわれの心配の種なのだ。
われわれの時間はそういう手抜かりを起こさないための努力に費やされているので、怠け者を探して尻をひっぱたくような暇はありはしない。陣頭指揮をやれといわれるが、必要だと思えばもちろん作業の先頭に立つことを忘れてはいない。先頃のさんとす丸の出港前夜のようなときには、われわれは誰にいわれなくとも全員応援するのは当然だと思っている。守衛の役を引き受けるのだけは御免こうむる」
私の主張は大体において受け入れられたようだった。工事促進に対して、技術者にも管理者にもより重要な役割りがあるということは皆に了解してもらえたようである。<引用終了>

この部分はシナ事変中の昭和16年、舞鶴工廠でのできごとを記したもののようです。当時、昭和9年12月にワシントン軍縮条約が廃棄され、日本はドンドン軍艦を作っていました。シナ事変が膠着化するにつけ、更に軍備増強へと走り、近衛内閣はヒステリックに「非常時」を喧伝。日本中がオカシクなっていました。

ここで、現在の医療現場に戻ってみると...社会保障費をドンドン削られて、病院の収入は激減です。なかなか良い道具も買えません。人員も機械も不足しているため、予定通りに物事が進みません。最後には精神論が出てきそうです...。こう考えると似てるな、シナ事変のあたりの日本と今の医療現場...。変わってないんだ、日本人の精神性は...と思いました。あの、手痛い太平洋戦争から、何かを教訓にできなかったのでしょうか....(悲)

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