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2008年3月30日 (日)

「あってはならない」という否認

2008年3月30日 雨
肌寒い一日です。

「戦争する脳」(計見一雄 著)を読みました。その中で、いくつかの部分がココロに残りました。今日は、まず一つ....。いままで、マスコミから流れてくる情報で、何か悪いコトが起こった時に、その組織の上層部が記者会見して頭を下げて、「あってはならないことが起こりました。」と陳謝する風景を何度となく見てきました。
その度に、自分では言葉で上手く表現できない「嫌な感じ」を受けていました。何故?あってはならないコトなんだろう....と....。

この書籍を読むと一部に、「デナイアル・オブ・リアリティ」(現実に対する否認)について書いてあります。現実に起こっていることを、まるで「それが起こっていない」ような捉え方をすること。と解釈しますが....。まさに、「あってはならないこと」という言葉の根底にはこの観念が横たわっている様に感じます。

つまり、「臭いものには蓋をしろ」のような感覚です。医療現場で起こる事故に対してもそう....。現実には、患者さんの死につながる様な事故は起こりえるのです。そして、そういった現場で我々医療者が仕事をしなければ、患者さんを救うことはできません。リスクマネージメントで、そういった事故のリスクを軽減することはできても、おそらく根絶することは出来ない。

もちろん、予防することが大事です。でも、根絶できるなどと考えてはいけない。常に「起こりうること」という観念を持つことが重要で、起こった時のダメージを少なくする、「ダメージコントロール」という観念が必要であると、書かれていました。

「あってはならない」という言葉は、「現実から逃避したい」、「起こるはずがない」という現実に対する否認を間接的に表していると思います。そういったコトバが聞かれるかぎり、また、マスコミの方々がそのコトバを求める限り、その現場の現実から逃げ続けることになります
そして、当然の帰結として現場は変わらない、事故が起こった時の対処も進まないことになると考えます。

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