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2007年9月 2日 (日)

大野病院事件第7回公判_検察の恐ろしさ

2007年9月2日 晴れ
完全に乗り遅れましたが....大野事件第7回公判の様子です。

記事はMedical Research Information Center (MRIC) メルマガ 臨時 vol 37 福島県立大野病院事件第七回公判傍聴記 by ロハス・メディカル発行人 川口恭さまより引用させていただきました。

公判の生々しい様子がヒシヒシと伝わってきています。私は文面を読むことしかできませんが、その文面から法廷内の様子....特に検察官の口調まで伝わってくる様です。合計21日間にわたる逮捕拘留は、さぞK医師を憔悴させたことでしょう。そして、それが検察側の手口であったと感じます。

弁護人  逮捕拘留されたのはいつですか。
K医師 昨年2月18日です。
弁護人  検察に送致されたのは翌日ですか。
K医師 はい。
弁護人  起訴されるまで21日間拘留されたのですか。
K医師 はい。
弁護人  当時、何人ぐらいの患者さんを担当していましたか。
K医師 10人くらいです。
弁護人  手術の予定はありましたか。
K医師 はい。3月はじめに入っていました。
弁護人  外来では何人の患者を診察していましたか。
K医師 日に20人から30人くらいだと思います。
弁護人  逮捕拘留されて引き継ぎはできましたか。
K医師 いえ、突然の逮捕でしたし、接見も認められなかったので。
弁護人  患者さんが気がかりではありませんでしたか。
K医師 はい、気がかりでした。
弁護人  早く拘留を解かれたいと思いましたか。
K医師 はい思いました。
弁護人  解かれたかった理由は何ですか。
K医師 患者さんの診療をしなければと思いました。
弁護人  お子さんはいらっしゃいますか。
K医師 はい、一人おります。
弁護人  お子さんの誕生日はいつですか。
K医師 昨年の2月25日です。
弁護人  逮捕拘留された時、奥さんは妊娠何週でしたか。
K医師 ?(聞き取れず)週で、いつ生まれてもおかしくない状況でした。
弁護人  予定日はいつでしたか。
K医師 2月22日です。
弁護人  誰が赤ちゃんをとり上げる予定でしたか。
K医師 私がとりあげる予定でした。
弁護人  お子さんが生まれたと聞いて、どんな気持ちになりましたか。
K医師 嬉しかったんですけれども、とりあげることも会うこともできず悔しい感じがしました。
弁護人  早く会いたかったのではありませんか。
K医師 はい、早く会いたかったです。』

弁護側は、検察の逮捕拘留の時期に関して、K医師自身の子供の出産と時期をあわせて行い、精神的に揺さぶりをかけようとしたとの認識を持っているのでしょうし、実際そうであったのでは?と考えます。いなかの病院で一人医長をしている産婦人科医を突然逮捕拘留することは、余程の理由がなければならないと思います。余程の理由というのは、診療させておいてはマズい(つまり、再び犯罪を犯す可能性があるなど...)時に限られるのでは??と私は感じますが、この大野事件において、逮捕拘留が「検察側に有利な証言あるいは、その他の材料を集めるため」になされたとすれば....それを行ったものは激しく糾弾されるべきであろうと思います!

弁護人  そのように長い取り調べが行われたのは、拘置中ずっとですか。
K医師 最後の1週間だけです。
弁護人  そのときの長い取り調べ時間とはどの程度でしたか。
K医師 7時間から9時間でした。
弁護人  休憩はなかったのですか。
K医師 いえ、食事とトイレの時間はありました。
弁護人  取り調べを受けている時、冷静に考えられましたか。
K医師 いえ、突然逮捕されて変な緊張感があって、頭がボーッとする感じで、何が重要か分からない状態でした。
弁護人  調書の読み聞かせはありませんでしたか。
K医師 それはありました。
弁護人  調書を作成されたのはいつですか。
K医師 ほとんどが最後の1週間でした。
弁護人  検面調書が21通ありますが、そのうち何通が最後の1週間に作成されたものですか。
K医師 20通です。
弁護人  自由時間はありましたか。
K医師 留置場に戻ってからもありませんでした。
弁護人  取り調べの内容を整理する時間はありましたか。
K医師 筆記用具を貸してもらえませんでしたので、よく整理できませんでした。』

東京女子医大で起こった人工心肺事故で起訴されて第1審無罪を獲得された先生のブログを読むと、拘留されている間の様子を垣間みることができます。獄中執筆記-傷害防止特殊ボールペンによる医学書院「医学大事典」の執筆-:紫色の顔の友達を助けたいの中には、次の記述があります。(引用)「拘置所に入ると自分の私物として、市販のボールペンを購入することができます。一方、留置所では私物としてボールペンを持つこともできません。しかも、30数人を拘留する留置所内で警察署が用意したボールペンはたったの一本。これを全員で使い回しします。単に、警察側の管理上の問題だと思います。これでは、最低限の文化的な営みはできません。」(引用終わり)K医師が留置場に拘留されたのか?拘置所に入っていたのか?これは定かではありませんが...。取り調べを受ける時に、その記録を残して、整理して次の取り調べに備えようとしても無理なのですね...。
しかし、これは人権への配慮に欠けるのでは?そう感じます。

弁護人  田中検事が取り調べ中に声を荒らげたことはありませんでしたか。
K医師 はい、ありました。
弁護人  どんなときに声を荒らげましたか。
K医師 私が経験したことや思ったことを話すと、それに対して声を上げまくしたてる感じで「そんなことはないでしょう」と言われました。
弁護人  例えば、どんなやりとりですか。
K医師 胎盤剥離する時の剥離面からの出血を説明している時、M先生が上手に吸引してくれていたのもあると思うのですが大量ではなかった、ガーゼのカウントも気になる量ではなかったと話したところ、「大量出血を吸引が上手だったせいにするのか」とか「カウントが遅かったせいにするのか」とか言われました。』

検察側が、事件のシナリオを頭においてそれにしたがって証言を引き出すことが逮捕拘留の目的であったのか?と推測させる証言です。声を荒げ、自分たちに有利な証言を引き出そうとする。(これは、一つの検察の「お仕事」かもしれませんが...)これからは全て許されるというものにはならないはずです!自白証言の信憑性については、現状でもギモンを呈されているはずです。

とりあえず、本日はこれまで、また、この件については噛み付きます。

本日引用させていただいた記事です。尚、信条により一部の人名を置き換えさせていただいております。

『いよいよ、被告人質問である。しかし、今回の公判ほど検察の恐ろしさを感じ
たことはなく、また日本の司法はこんなことでいいのかとも思った。公判の模様をご報告すると同時に何が恐ろしかったのか順に説明していく。

 いつもより30分早い9時30分開廷。グレーのスーツ上下に身を包んだK医師は入廷すると弁護人と遺族とに一礼してから着席した。尋問の順序がいつもと逆で弁護側からである。

弁護人  逮捕拘留されたのはいつですか。

K医師 昨年2月18日です。

弁護人  検察に送致されたのは翌日ですか。

K医師 はい。

弁護人  起訴されるまで21日間拘留されたのですか。

K医師 はい。

弁護人  当時、何人ぐらいの患者さんを担当していましたか。

K医師 10人くらいです。

弁護人  手術の予定はありましたか。

K医師 はい。3月はじめに入っていました。

弁護人  外来では何人の患者を診察していましたか。

K医師 日に20人から30人くらいだと思います。

弁護人  逮捕拘留されて引き継ぎはできましたか。

K医師 いえ、突然の逮捕でしたし、接見も認められなかったので。

弁護人  患者さんが気がかりではありませんでしたか。

K医師 はい、気がかりでした。

弁護人  早く拘留を解かれたいと思いましたか。

K医師 はい思いました。

弁護人  解かれたかった理由は何ですか。

K医師 患者さんの診療をしなければと思いました。

弁護人  お子さんはいらっしゃいますか。

K医師 はい、一人おります。

弁護人  お子さんの誕生日はいつですか。

K医師 昨年の2月25日です。

弁護人  逮捕拘留された時、奥さんは妊娠何週でしたか。

K医師 ?(聞き取れず)週で、いつ生まれてもおかしくない状況でした。

弁護人  予定日はいつでしたか。

K医師 2月22日です。

弁護人  誰が赤ちゃんをとり上げる予定でしたか。

K医師 私がとりあげる予定でした。

弁護人  お子さんが生まれたと聞いて、どんな気持ちになりましたか。

K医師 嬉しかったんですけれども、とりあげることも会うこともできず悔しい感じがしました。

弁護人  早く会いたかったのではありませんか。

K医師 はい、早く会いたかったです。

 強制調査に着手する時期を第一子出産の時期と重ね、精神的に揺さぶろうとしたのでないか、そんな疑念を抱かせる弁護側の先制パンチである。そして、この後の公判の展開を経験した身からすると、その時期を狙ったに違いないと確信する。敵の最も嫌がることをするのが戦いのセオリーとはいえ、そこに「処罰してやる」という強烈な意思を感じ、そして巻き添えを食う人がいても知ったことではないという態度に国家権力の傲慢さも感じ、背筋の凍る思いがする。

 さて、なぜ精神的に揺さぶる必要があったかであるが

弁護人  取り調べは毎日ありましたか。

K医師 はい。

弁護人  1日の取り調べ時間は長くてどれくらいでしたか。

K医師 8時間程度でした。

弁護人  取り調べの際、拘置場から検察庁まで移動しませんでしたか。

K医師 はい、移動しました。

弁護人  移動にはどの程度の時間かかりましたか。

K医師 往復2時間弱です。

弁護人  すると移動と取り調べで1日11時間弱とられたということですね。

K医師 そうなります。

弁護人  そのように長い取り調べが行われたのは、拘置中ずっとですか。

K医師 最後の1週間だけです。

弁護人  そのときの長い取り調べ時間とはどの程度でしたか。

K医師 7時間から9時間でした。

弁護人  休憩はなかったのですか。

K医師 いえ、食事とトイレの時間はありました。

弁護人  取り調べを受けている時、冷静に考えられましたか。

K医師 いえ、突然逮捕されて変な緊張感があって、頭がボーッとする感じで、何が重要か分からない状態でした。

弁護人  調書の読み聞かせはありませんでしたか。

K医師 それはありました。

弁護人  調書を作成されたのはいつですか。

K医師 ほとんどが最後の1週間でした。

弁護人  検面調書が21通ありますが、そのうち何通が最後の1週間に作成されたものですか。

K医師 20通です。

弁護人  自由時間はありましたか。

K医師 留置場に戻ってからもありませんでした。

弁護人  取り調べの内容を整理する時間はありましたか。

K医師 筆記用具を貸してもらえませんでしたので、よく整理できませんでした。

(中略)

弁護人  弁護士との接見はできましたか。

K医師 はい。

弁護人  文書のやりとりはできませんでしたか。

K医師 できましたが、受け渡しする文書はコピーを取られるので、自由にはできませんでした。

弁護人  コピーを取られるかと思うと、渡しづらかったのですね。

K医師 はい。

弁護人  取り調べを担当した検事はどなたでしたか。

K医師 田中(と聞こえた)検事です。

弁護人  田中検事が取り調べ中に声を荒らげたことはありませんでしたか。

K医師 はい、ありました。

弁護人  どんなときに声を荒らげましたか。

K医師 私が経験したことや思ったことを話すと、それに対して声を上げまくしたてる感じで「そんなことはないでしょう」と言われました。

弁護人  例えば、どんなやりとりですか。

K医師 胎盤剥離する時の剥離面からの出血を説明している時、M先生が上手に吸引してくれていたのもあると思うのですが大量ではなかった、ガーゼのカウントも気になる量ではなかったと話したところ、「大量出血を吸引が上手だったせいにするのか」とか「カウントが遅かったせいにするのか」とか言われました。

弁護人  そのように言われて、どう思いましたか。

K医師 何も言うことができず、違う言い方で話をしようとするのですが、なかなかそれも伝わりませんでした。

弁護人  調書に署名する前に読み聞かせがあったと思いますが、その際訂正を求めたことはありましたか。

K医師 はい。

弁護人  訂正してもらえましたか。

K医師 訂正していただけることも、していただけないこともありました。

弁護人  なぜ、訂正してもらえなかったのですか。

K医師 訂正の時になると、怒ったような不機嫌なような感じで、言ってもなかなかそれを訂正してくれないのです。

弁護人  訂正を申し入れやすかったですか。

K医師 いえ、訂正したいと思っても訂正できなかったこともありました。

弁護人  記憶と違うことが調書にされたこともありましたか。

K医師 はい、ありました。

弁護人  乙24号証の調書では「用手剥離が困難になった場合、それまでは直ちに子宮摘出に移っていた」という供述がありますが、これは事実ですか。

K医師 いえ、こういうことはありません。むしろ、子宮摘出しないケースの方が多かったです。

弁護人  後日の調書では訂正されましたか。

K医師 はい。

弁護人  乙28号証。(メモ漏れ)

K医師 はい。

弁護人  2通の調書間には矛盾があるわけですね。

K医師 はい。

弁護人  (メモ漏れ)福島県立医大のS先生とのやりとりは電話ではなく申し送りだったとの供述内容になっていますが。

K医師 状況を詳しく覚えていなくて、詳しく覚えていないと話しましたが、このように断定的な調書にされてしまいました。

弁護人  乙19号証「胎盤のある部分を切ったことが分かりました」との供述がありますが、これは事実ですか。

K医師 いえ、術中にも超音波検査して胎盤の位置を確かめましたから、切っていません。

弁護人  取り調べ中にも、そのことを説明しましたか。

K医師 しました。何回もしました。

弁護人  ではなぜそのような調書になったのですか。

K医師 S先生(病理鑑定者)の鑑定書を見せられまして、病理的にはそのように見えているのかと驚き、手術の時にはそんなことなかったのに何かおかしいなと思いながらも、調書にまとめられてしまいました。

弁護人  S先生は、この法廷で、胎盤の部位は切っていなかったと訂正しましたね。

K医師 臨床的判断と病理的判断が一致してホっとしました。

裁判長 もっと大きな声で話してください。

弁護人  「看護師が書き足した」という供述があります。

K医師 僕が書き足したんじゃないかと言われて、いやH先生(麻酔医)じゃないかと思うのですけれど分かりません。看護師の人かもしれません、と言ったら、このような表現になりました。

弁護人  「副胎盤はなかったと思っている」という供述は。

K医師 いえ、副胎盤は見えていましたし、実際にそう思っています。超音波で見た時には分からなかったと言ったらこうなりました。

弁護人  「最初は3本指で剥離していましたが、だんだん指が入らなくなり、2本、1本となって最後にクーパーを用いました」という供述は。

K医師 いえ、指が入らなかったのではありません。

弁護人  では、なぜクーパーを用いたのですか。

K医師 用手剥離でかなり剥がれて、剥がし終える時期だったので出血を目で見ることのできるクーパーを用いました。用手剥離は盲目的なので、見える状態で剥離したかったのです。見えないところでやる場合、子宮を傷つけたり胎盤の取り残しが出たりしますが、見えていればとり残しもないし、子宮も傷つけないからです。

弁護人  経膣分娩でもクーパーを用いますか。

K医師 いえ、経膣分娩ではクーパーの先端が見えないので、使いません。

弁護人  帝王切開で先端が見えるから用いたのですね。

K医師 そうです。

弁護人  クーパーの方が細かい操作ができると考えてよろしいですか。

K医師 それはあります。

弁護人  検察官にそれを説明しましたか。

K医師 はい。

弁護人  何度も説明しましたか。

K医師 はい。

弁護人  では、なぜ調書があのようになっているのですか。

K医師 最初から指が入らなかったからクーパーを使ったというのが頭にあったみたいで、なかなか理解してもらえないようでした。

弁護人  クーパーは危険だという認識ですか。

K医師 そうです。

弁護人  どうしましたか。

K医師 何度も説明しましたが、理解してもらえず、納得してもらえずでした。

弁護人  噛み合わない状態はどれ位の期間続きましたか。

K医師 逮捕拘留されてからずっとです。

弁護人  調書を取られる3月4日までずっとですか。

K医師 はい、ずっとです。

弁護人  具体的には、どういう状況で指3本、2本、1本という話になったのですか。

K医師 検察官と話をしている時に、手が入らなかったからでないかと言うのに対して、僕はずっとさっきの説明をしていたのに、なかなか理解してもらえず、何回も同じことを言われ続けて、じゃあ一体どう言えばいいんですかという話になって、「たとえば指が3本でも2本でも1本でも入らなくなったので、クーパーを使用したみたいに言えばいいんですか」と聞いたら、「そういうような具体的な話がいいんだ!」とメモを取られてしまい、検察官どうしでもそういう引き継ぎをしているので、メモを取られてしまったので同じような話をしなくちゃいけないのかなと思いました。

弁護人  現実にそういう状態はあったのですか。

K医師 いえ、そういう状態はありませんでした。

弁護人  検察官は、クーパーを使うことが問題だという意識だったのですね。

K医師 はい。クーパーを使うこと自体が殺人行為であり、言い方を換えると、あなたは殺人者だと言われました。

弁護人  身柄拘置についての見通しは教えてもらえていましたか。

K医師 起訴(?聞き取れず)までは出してもらえないと聞きました。

 最初から検察官の頭の中にストーリーができていて、「さあ吐け!」で取り調べが行われたことが、よく分かる。検察官の見立てに迎合せず自分を持ち続けるのは、よほどの胆力でなければ難しかろう。しかも、この理不尽な取り調べを、ショックの大きい時期に不意打ちで行うという念の入れようである。見立て通りの調書を取れなければ公判維持も覚束ないと踏んでいたからこそ、最大限に精神的に揺さぶっておいたのだろう。

 どのくらい理不尽か、この後で私たちも片鱗を目撃・体験することになるのだが、そのことは後で報告することにして、上記の弁護側尋問に対して検察側がどのように反論したか見ていこう。

 時刻は午後6時半、開廷から9時間後である。K医師の答えにも疲労と検事
への反感が強くにじみ出る。

検察官  逮捕拘留期間中から複数の弁護人を選任していましたね。

K医師 はい。

検察官  接見に来てくれていましたね。

K医師 はい。

検察官  面会に来てくれたのは6人でありませんでしたか。

K医師 人数までは記憶していませんが複数でした。

検察官  どれ位、面会に来てくれましたか。

K医師 どれ位というと頻度ですか。

検察官  面会がなかった日はどのくらいですか。

K医師 何日かありましたが、よく分かりません。

検察官  21日くらいの期間で面会がなかったのは5日だけ(?)ではなかったですか。

K医師 分かりません。

検察官  1日の面会時間はどれ位でしたか。たとえば平岡先生は。

K医師 詳しく覚えていません。

検察官  2時間くらいなかったですか。

K医師 ちょっと覚えてないですね。

検察官  では水谷先生の場合は1回どのくらいの時間ですか。

K医師 いや、ちょっと覚えてないです。

検察官  2時間以上なかったですか。

K医師 覚えていないので覚えていません。

検察官  弁護士の先生方から取り調べに対するアドバイスはありませんでしたか。

K医師 色々な話はさせていただきました。

検察官  訂正してくれない調書のことも相談したのではありませんか。

K医師 話はしています。

検察官  訂正する必要があるところは全部伝えましたか。

K医師 全部は話できていないと思います。

検察官  全部ではないにせよ、問題だと思う事は話したのではありませんか。

K医師 話はしてあります。

検察官  弁護士の先生から検察への訂正申し入れはされましたか。

K医師 いやちょっと分からないです。

検察官  あなたが話したことに対する先生方のアドバイスはどんなことでしたか。

K医師 気を確かに持ってとか精神的なことを言われました。

検察官  他にはどんな助言がありましたか。

K医師 いや、ちょっと覚えてないです。

検察官  どんな助言があったか覚えてないくらいの、その程度の相談だったのですか。

K医師 分からないです。

検察官  調書に署名・指印しましたね。

K医師 はい。

検察官  検察官に読んでもらって、署名・指印したものですね。

K医師 はい。

(延々と調書全部の署名・指印部分をK医師に見せる)

検察官  拘留されている期間に訂正申し入れをして訂正してもらったものはありましたか。

(中略)

K医師 あったような気がします。

(訂正の入っている調書を示す)

検察官  今、見てもらっている調書は、午前中の尋問にも出てきた3月4日作成の「3本から2本、2本から1本」の調書ではありませんか。

K医師 はい、そうです。

検察官  3本、2本、1本については訂正がされていなくて

(断続的に弁護側から異議が出るが認められず)

検察官  なぜ、3本、2本、1本についても訂正申し入れをしなかったのですか。

K医師 その時は訂正箇所の方に目が行ってしまったのだと思います。

検察官  違うことについては違うで訂正してくれたのですから、3本・2本・1本も訂正してもらえばよかったのではありませんか。

K医師 2つ訂正という感じまで頭が回らなくて、読み聞かせられている最中に、どう訂正してもらおうかシナリオを考えているので、他のところまで気が回らなくなっていたのだと思います。

検察官  3本・2本・1本については訂正申し入れをしていないですね。

K医師 いないです。

(後略)

 法廷にいた実感としては

 検察の取り調べが理不尽だったことを打ち消すものではないのだが
判決を起こす段階で裁判官が読む調書上は、ある程度の意味を持つのかもしれない。

 ただし、ここに書いたことは

 事件全体の構図から言えばジャブの応酬みたいなもの。
 検察の恐ろしさは、こんなものではなかったのだ。

(つづく)』

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