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2007年2月 6日 (火)

リビングウィル

2007年2月6日 晴れ
何だかあったかくて、もう春では?と思うような陽気です。青森の雪祭りは雪不足のため開催できていない様ですね...ココ数年、近辺でも「昔はよく氷柱ができていたのに」というようなところも、いまは一冬できずにいます。温暖化の影響なのか?どうなのか?

さて、リビングウィル(living will)ということばは、「不治の疾患などの際に、尊厳死を希望し、延命のみの治療を拒否する旨を表明した文書。」をさすようです。

共同通信の記事です。

『「延命治療」希望を文書化 高齢者の意思、事前に把握 国立長寿医療センター

患者本人の意思が分からないことが多い高齢者の終末期医療をめぐって、国立長寿医療センター(大島伸一(おおしま・しんいち)総長、愛知県大府市)が、心臓マッサージや人 工呼吸器装着など延命治療に対する希望の有無を、患者にあらかじめ文書化してもらう取り組みを始めることが2日、分かった。』

文書化されたものがあれば、法的にも有効と考えられます。しかし、岐阜県の例では、このような文書があっても延命治療の停止はできませんでした。また、そのとき既に、認知症等で本人の意思が確認できないときにはどうするか?こういった問題も出てくるのではないか?と思います。

実際には、DNAR(Do Not Attempt Resuscitation) orderの確認は本人とすることは少なく、家族の意向を聞いた形でなされているのが現状であると思います。(つまり、本人の意思確認ができない状態の時が多い)しかし、この文書が普及して、入院時などに本人へ確認することが大多数となれば...少し状況は変わるのでは?とも考えます。

そして、最後に「こういった意思の決定は、本人の意思が最も尊重されるべきであり、それを反故にすることは重大な倫理上の問題がある」と感じています。不幸にして、救急のバタバタしている時に、DNAR orderが確認できず人工呼吸器を装着されてしまった(そして、回復不可能な)患者さんは、現行の状態ではこれを外すことが医療者側に刑事起訴されるリスクを負わせることとなります。何が、その場面で一番尊重されるべきか?これを考える必要はあるのではないかと考えます。

『「延命治療」希望を文書化 高齢者の意思、事前に把握 国立長寿医療センター

患者本人の意思が分からないことが多い高齢者の終末期医療をめぐって、国立長寿医療センター(大島伸一(おおしま・しんいち)総長、愛知県大府市)が、心臓マッサージや人 工呼吸器装着など延命治療に対する希望の有無を、患者にあらかじめ文書化してもらう取り組みを始めることが2日、分かった。

こうした文書は「事前指示書」と呼ばれ米国などでは一般的だが、日本の医療機関での導入は現状ではごく一部。最先端医療の拠点施設である国の高度専門医療センターとしては 初の取り組みで、軌道に乗れば事前指示書の普及に弾みがつきそうだ。

長寿医療センターによると、院内の倫理委員の承認もほぼ得ており、文書の準備が整い次第、作成を希望する通院患者に配布を始める。

文書では、終末期を「生命維持処置を行わなければ、比較的短期間に死に至るであろう不治で回復不能の状態」と定義。

終末期になった場合に(1)心臓マッサージ(2)人工呼吸器の装着(3)抗生物質の強力な使用(4)鼻チューブによる栄養補給(5)点滴による水分補給—などの処置を挙げ 、希望の有無をチェックしてもらう。

また延命治療に対する家族や親族間の意見が異なるケースも多いことから、患者本人が判断できない状態になった場合に備え「主治医が相談すべき人」の名前を書いてもらう欄も 設ける。

文書はセンターと患者側の双方で保管、記載内容の変更はいつでも可能としている。

同センター外来診療部の三浦久幸(みうら・ひさゆき)医長は「患者本人の意思が不明で、家族や親族の意見も一致しないなど対応に困るケースが少なくない。本人の意思を文書 であらかじめ明らかにしてもらい、末期状態になった時に医療従事者と家族が話し合う際の参考にしたい」と話している。

▽国立長寿医療センター

国立長寿医療センター 認知症や骨粗しょう症など、最先端の高齢者医療の提供や情報発信の拠点施設。病院と研究所の一体化を掲げ、2004年に開設された。ベッド数は300。がんセンター(東京 )や循環器病センター(大阪)とともに、国立高度専門医療センター(ナショナルセンター)の1つとなっている。』

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コメント

この種類の話でいつも疑問に思うのは『回復不能』の診断をどうやってやるのかということです。脳死判定と同程度のことをするのか、主治医がもうだめだと思ったらいいのか、意識が回復しなくて一週間とか経ったらそれでいいのか・・・・が明文化されていないんですよね。
文書で意思の表示があってもその状況が回復不能かどうかも確率論のような気がするんですけど・・・

投稿 NYAO | 2007年2月 7日 (水) 13時35分

NYAOさま

こんばんは
コメントをありがとうございます。

>があってもその状況が回復不能かどうかも確率論のような気がするんですけど・・・

そうですね...100%というのは医療の世界ではありえませんが、日本の脳死判定では、特に幼少な小児を除いていわゆる、99.999....%は元の日常生活に戻ることができないと思っております。(ちなみに、他国ではこの基準がゆるいところもあります。)

そして、このような決定は医療サイドだけではなく、家族、本人にしていただく訳は...「回復不能」がやはり信じられないときには「トコトン最後までやってください。」というのを選ぶこともできるということでしょうね...

どういう場合にこの選択をするのか?については明文化しておく必要があると思います。

貴重なコメントありがとうございました。^ ^

投稿 管理人 | 2007年2月 7日 (水) 18時07分

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