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2007年2月12日 (月)

立派な行い

2007年2月12日 晴れ
今日は夜空が一段ときれいです。星もくっきりと見えていて...。このような日に天に召された、あの踏切事故の警察官さんは、きっときっと天国へ行けるでしょう。

恐らく、自殺企図があったのだろうと思います。39歳の女性が電車の往来の激しい踏切に繰り返し進入します。それを、身をもって阻止しようとした、この警察官の行いは立派以外のなにものでもありません。最後には、猛スピードの急行電車に二人ともはねられて、駅のホームに叩き付けられました。自分の職責に対する頑固なまでの思い入れ...。そして、他人に対する愛。それが、自分を犠牲にしてまでも、この女性を助けようとした行為の原動力であったのではないかと考えます。

ある話を思い出します。第二次大戦中のお話です。アウシュビッツというところにある、ユダヤ人強制収容所にコルベ神父という神父も収容されていました。そこでは、毎日ユダヤの方々が毒ガスなどの方法で殺されていっていました。そしてある日、妻子のある男性がガス室送りとなることになりましたが、男性は「私には妻と小さな子供がいる。何としてでも生き延びたい。」と泣きました。それをきいたコルベ神父は「私がかわりに死にましょう。」と答え、自分は餓死室という部屋に入れられ、飲まず食わずの末、亡くなったそうです。亡くなるまでの間、神父は賛美歌を滔々と歌い続けていたとも伝えられています。また、異例の早さでカトリックの聖人に認定されてもいます。この話を聞いて思ったのは、人間を愛することの究極の形は、「その人のために犠牲となり死ぬことなんだ。」ってことです。

亡くなられた警察官さんは、このコルベ神父に通ずる、大きく強い人間愛を示されたと感じます。亡くなられた警察官さんの御冥福を祈ると同時に、「大きな人間愛を世間に伝えてくれてありがとう」と感謝したいと思います。天国に行かれてからは、ゆっくりとお休みください。

本日参照させていただいた記事です。
読売新聞 2月12日

『線路内の女性救助、重体の警察官が死亡

東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で今月6日夜、線路内に入り込んだ女性(39)を助け出そうとして電車にはねられ、意識不明の重体になっていた警視庁板橋署常盤台交番の宮本邦彦巡査部長(53)が12日、治療を受けていた同区内の病院で死亡した。

 同署によると、宮本巡査部長は頭の骨を折って重体となっていたが、同日午後2時25分、死亡した。

 事故後、同交番には、近隣住民や地元小学校の児童らが、回復を祈って作った千羽鶴や花束が続々と届けられ、同署にも連日、激励の電話が寄せられていた。』

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コメント

はじめましてです。不謹慎ですが、何か、とても残念な気持ちとうれしい気持ちがあります。まだいたんですね!このようなお人が・・・。でも、もういないんですよね・・・。人間ってなんなんですかね・・。

投稿: えべっさん | 2007年2月13日 (火) 03時18分

 いろんな事情があるとは思いますが、この女性がちゃんと生きて欲しいと願わずにはいられません。でも精神的な病ならばそうもできないかもしれません・・・

 それにしても素晴らしい方を亡くしてしまいました。国民の警察官として記憶に留めたいと皆が感じているのではないでしょうか。ご冥福をお祈り致します。

投稿: クーデルムーデル | 2007年2月13日 (火) 13時27分

この警官は近所住民にも大変慕われていた人みたいですね。交番の警官を見かけなくて、地域住民と疎遠がちな警官がいるなか、宮本さんのような方が亡くなるのは大変残念なことです。安倍首相のパフォーマンスにはあきれました。この警官が立派だとコメントをするなかで警察官の名前を間違えていた。心がこもっていないパフォーマンスでは国民の共感は得られないでしょう。残念。

投稿: いなかもん | 2007年2月13日 (火) 18時47分

こんばんは
みなさま

コメントをありがとうございました。

このお話を聞いた時には、涙腺が緩んでしまいました。なんて人だ...。現在の日本にはもう居なくなってしまったタイプの方でしょうね....。

この警察官の方は残念にも亡くなってしまいましたが...その遺された功績は大きなものがあると思います。このメッセージは亡くなられたあとも、ずっとずっと人の心の中に残っていくと思います。

えべっさん さま
>でも、もういないんですよね・・・。人間ってなんなんですかね・・。

確かに、残念なことに亡くなられました。しかし、この強烈なメッセージは残っていますよ。それが残るのならば、少し救われると思いませんか?

クーデルムーデルさま
>いろんな事情があるとは思いますが、この女性がちゃんと生きて欲しいと願わずにはいられません。でも精神的な病ならばそうもできないかもしれません・・・

同感ですね...『立派に生きてほしい。』と期待してしまいます。しかし、世の常ですが...これだけの立派な行いで救われたのだから立派に生きてほしいというような希望は...かなえられないことが多いような気がします。

いなかもん さま
>安倍首相のパフォーマンスにはあきれました。この警官が立派だとコメントをするなかで警察官の名前を間違えていた。心がこもっていないパフォーマンスでは国民の共感は得られないでしょう。残念。

私はこのパフォーマンスをみていませんので、コメントする権利はありませんが...非常に重要な部分でのパフォーマンスにミスがあると...やっぱり所詮パフォーマンスだ...という感じがしますね。

投稿: 管理人 | 2007年2月14日 (水) 00時19分

たぶん、この事象は小生の永遠のテーマとも思えるのですが,このような死に向かう人を救おうとする行為をどのように位置づければよろしいのでしょうか。
仮に、この救われた女性が再度自殺を図り,既遂したとします。その場合,この警官の命を賭けた行為は全く無になってしまうのでしょうか?

恥ずかしながら,これは、小生が医を志し,試されたときから、心の中に問われ続けているテーマなのです。

遅ればせながら、初めまして。訳分からんコメント書き散らすと思いますが,今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: あみぐだら | 2007年2月14日 (水) 03時18分

こんばんは
あみぐだら さま

>仮に、この救われた女性が再度自殺を図り,既遂したとします。その場合,この警官の命を賭けた行為は全く無になってしまうのでしょうか?

私は無にはならないと思います。それは、この事件によって、こういった方への対応が研究されるようになること。また、こういった方が世の中にはおられることが、認知されること。そして、何よりこの警察官さんの行為が皆の心の中に浸透することで、救われた女性が仮に亡くなったとしても充分に意味のあることになるのであろうと感じるからです。

少なくとも、『無駄死にだった』などとは私は思いません。

投稿: 管理人 | 2007年2月14日 (水) 22時28分

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