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2007年1月31日 (水)

検察側冒頭陳述

こちらが、検察側冒頭陳述です。

これでもか?というぐらいに、同じ事象をみているのに、読んだ印象は後味が悪いです。

一部を抜粋します。先の弁護側冒頭陳述と比較してみてください。

「手術は2004年12月17日午後2時26分に始まった。腹部を切開したところ、子宮表面には血管の怒張(血流が悪くなり、はれ上がること)が認められた。被告人は超音波検査で胎盤の位置を確認し、子宮をU字型に切開した。

 午後2時37分、順調に女児が娩出された。女児は、直後は泣き方が通常より弱々しかったものの、じきに元気な産声をあげて被害者と対面した。被害者は女児の手を優しくつかんで「ちっちゃい手だね」などと言っており、この時点では被害者の意識はしっかりして、血圧なども正常の範囲であった。」

「被告人はこの時点までに被害者の胎盤が子宮内壁に癒着していることを認識し、剥離を中止して子宮摘出の措置をとるべきであることを知っていた。子宮摘出の同意は得られており、摘出を回避しなければならない事情は全く存在せず、胎盤の剥離を継続すべき必要性・緊急性もなかった。

 被告人は、輸血の追加発注などもしないまま、「胎盤を手で剥離することができない場合に剥離を継続しても、大量出血しない場合もあり得るだろう」「指より細いクーパーであれば胎盤と子宮内壁のあいだに差し込むことができるだろう」などと安易に考え、2時40分ごろにはクーパーでの剥離を開始した。 この時点での総出血量は、羊水込みで約2000ミリリットルだった。」

「クーパーのはさみを閉じた状態にして持った被告人は、先端部を胎盤と子宮内壁のあいだに差し入れ、閉じた状態の刃の部分で癒着箇所をそぐように剥離を行ったが、クーパーによる胎盤剥離を開始したころから、子宮の広い範囲で次々とわき出るような出血が始まった。看護師らは出血量を計量し、医師らに総出血量を口頭で報告していた。2時45分ごろには被害者の血圧は低下し始めた。

 この間、被告人は、剥離困難な部分をクーパーのはさみを開閉して切った上、そぐようにして剥離して、2時50分頃胎盤を娩出した。

 娩出された胎盤は表面が崩れた状態であり、一部分は欠損していた。その後の病理検査の結果、被害者の子宮内壁の胎盤剥離部分には肉眼でも分かる凹凸がみられる上、子宮内に胎盤の一部が残存して、断片にはちぎれたようなあとがあった。

 2時52分の出血量は2555ミリリットルだったが、その約13分後の午後3時5分過ぎごろまでの出血量は7675ミリリットルに増加していた。血圧は、2時40分時点で上100下50強であったが、2時55分には上50弱、下30弱に急落した。脈拍数はいったん下がったものの、午後3時ごろから急上昇して、出血性ショック状態に陥った。
 
 麻酔科医は、2時55分ごろから輸血を開始したが、使い尽くしたため3時10分ごろ、被告人からの指示を待たずに追加輸血を発注した。被告人はその後も完全に止血することができず、ようやく子宮摘出を考えたが、追加輸血がなければ摘出ができないため、血液製剤の到着を待った。午後4時10分ごろに総出血量は約1万2085ミリリットルに達した。

 この間、被告人は被害者家族への説明を行わなかった上、心配して手術室にかけつけた院長から応援要請をするかと尋ねられたが、これも断った。

 追加輸血が到着し、午後4時30分頃から単純子宮摘出術を行って子宮を摘出した。しかし午後6時5分ごろ、被害者は心室頻拍となって脈も触れない状態に陥り、麻酔科医らが蘇生措置を行ったものの蘇生しなかった。被害者は午後7時1分ごろ、クーパーを用いた胎盤剥離による剥離部分からの出血により失血死した。

一番重要な最後の経過の部分で、検察側の不要な部分?というよりマズイ部分が省略されているようです。出血量をあれだけ克明に描写しているのに...です。もちろん、弁護側にも都合の悪い部分での端折りはあるでしょうが、死因を推定させる部分での省略はいけません。

確かに、スゴい出血量で輸血が届くまでに亡くなられてもおかしくない状況であります。しかし、女性であること(つまり、出血に対して強い)、そして麻酔科医は凄腕だったのでしょう、全身麻酔はおそらくフェンタニルなどの麻薬麻酔、輸血の足りない部分は、ヘスパンダーやカッターなどで何とか凌ぎきって、追加輸血到着までもたせた。待ちこがれた輸血を行ない、何とかヴァイタルを正常化させた所で、突然の心室頻拍...そして蘇生できない状況となったというのが真相では?

何が起こったのか?ゼク(解剖)もされていないと思いますので...これは完全には明らかにならないでしょう。しかし、臨床にドップリつかっている人間からみると、「何とか、出血に対しては凌いだ。しかし、突然起こった何かで非常に残念な経過をとってしまった」とみえるのではないでしょうか?

追記:元検弁護士のつぶやき:第1回公判傍聴記事に元検事で現在弁護士をされているモトケンさまの貴重な御意見が記述されています。是非、御一読を...

『26日に福島地裁で初公判が開かれた福島県立大野病院事件で、検察側が述べた冒頭陳述の要旨は以下の通り。

◇本件の概要

 2004年12月17日、福島県立大野病院で産婦人科専門医として勤務していた被告人が、帝王切開手術を行い、女児分娩後子宮内壁に癒着していた胎盤を、手術用はさみであるクーパーを使うなどして無理に剥離(はくり)し、その結果として大量出血を引き起こして失血死させたという業務上過失致死と、異常死について警察に通報しなかったという医師法違反の事案である。

◇被告人の身上経歴 (略)

◇被害者の身上経歴 (略)

◇前置胎盤および癒着胎盤について(疾患の定義、種類、原因については略)

 産婦人科医の鑑定書や、被告人の自宅から押収された専門書に示されているように、用手的剥離が困難になった時点で、癒着胎盤の判断を行う。この場合、胎盤を無理に剥離すると、癒着の程度や部位にかかわらず短時間のうちにコントロール不能な大出血にいたる可能性があるため、ただちに操作を中止し、胎盤が残った状態のままで、出血源である子宮を摘出するなどする必要がある。

 この件の被害者の胎盤は、子宮口全体を覆う全前置胎盤であり、子宮前壁から後壁にまたがって付着していた。病理学鑑定では、被害者の胎盤は絨毛(じゅうもう)が子宮筋層内まで侵入する嵌入(かんにゅう)胎盤であり、癒着部位も子宮前壁から後壁まで及んでいたことが判明した。


◇経緯

 大野病院は医師12人、看護師89人、ベッド数146床の規模で、産婦人科の診療には、被告人と外科の常勤医3人であたっていた。同病院は、高度の医療を提供できる第三次救急医療機関の指定を受けておらず、特定機能病院の基準も満たしていなかった。また、待機用の貯血はなく、輸血が必要な場合は、いわき血液センターにファクスで発注し、約1時間かけて自動車で搬送を受けることになっていた。

 被害者の女性は、前置胎盤の管理目的のため2004年11月22日、大野病院に入院した。被告人は、超音波検査の結果から、被害者の胎盤は子宮の前壁から後壁にかけて位置し、内子宮口全体を覆っており、一部は前回の帝王切開創(きずあと)にかかっていると考えていた。

 このような場合、突然の大量出血が起きる危険があるが、大野病院は大量出血した場合の輸血の確保が物理的に困難である。そのため従来、前置胎盤患者は、より設備の整った磐城共立病院に転院させるなどしてきたが、被告人は被害者の帝王切開手術を大野病院において行う旨の言動を、大野病院産婦人科職員に対しするようになった。

 同院の助産師は、大野病院での出産は不適切であると助言したが、被告人は「なんでそんなこと言うの」などと言い、この助言を聞き入れようとはしなかった。助産師が、ほかの産婦人科医の応援を要請した方がよいのではないかと申し入れたところ、被告人は問題が生じた場合には双葉厚生病院の医師に来てもらうと返答した。

 このほか、被告人は手術前に、福島県立医大産婦人科の先輩医師から、同大病院において、前置胎盤・帝王切開既往の妊婦の帝王切開時に大量出血を起こして、その処置に困難を来したことを教えられ、大学から応援を派遣してもらった方がよいのではないかと言われていたが、その場でこれを断った。

 被告人は産婦人科専門医として、帝王切開手術の既往がある前置胎盤患者で、胎盤が前回の帝王切開創にかかっている場合の癒着胎盤の確率は24パーセントであることを学んでいた。

 被告人はまた、12月6日までの各種検査から、被害者が全前置胎盤であること、前壁側に付着した胎盤が前回帝王切開創におよび、癒着胎盤を発症している可能性があることなどを診断していたが、被害者の帝王切開術は大野病院で行うことに決めた。

 その上で、癒着胎盤を前提としない前置胎盤症例で最小限準備すべき量である濃厚赤血球1000ミリリットルを用意すること、場合によっては単純子宮全摘術を行うことを決め、カルテに記載した。

 12月9日までには麻酔科医に、「手術中の出血が多くなる可能性があります。前回の帝王切開の創部に胎盤がかかっているので、胎盤が深く食い込んでいるようなら、子宮を全摘します」などと説明し、これを聞いた麻酔科医は、通常は1本のみ確保する点滴ラインを2本確保することに決めた。

 被害者と被害者の夫に対しては、12月14日に説明を行った。その際、「前置胎盤で、前回も帝王切開の場合は、前回切ったときの傷に胎盤が癒着しやすいんです」と被害者が癒着胎盤を発症している危険性があることを告げ、「出血があるときには、出血の源になる子宮を取ることになります」などといって、子宮摘出の可能性を説明し、同意を得た。

 この時点までに双葉厚生病院へは連絡していなかったが、被害者と夫には「何かあったら双葉厚生病院の先生を呼びます。もう先生には話してありますから」などと話した。

 被告人は手術当日の17日、双葉厚生病院の勤務医に電話をかけ、これから手術をする被害者について、前置胎盤であり、前回の帝王切開のきずあとに胎盤の一部がかかっている可能性があること、何か異常があれば午後3時ごろに連絡がいくかもしれないことを告げ、大量出血などが生じた場合の応援を依頼した。

 これを聞いた産婦人科医は、被告人が癒着胎盤の可能性を考慮して応援依頼をしてきたものと理解し、急変時の応援を了承した。


◇手術状況

 手術は2004年12月17日午後2時26分に始まった。腹部を切開したところ、子宮表面には血管の怒張(血流が悪くなり、はれ上がること)が認められた。被告人は超音波検査で胎盤の位置を確認し、子宮をU字型に切開した。

 午後2時37分、順調に女児が娩出された。女児は、直後は泣き方が通常より弱々しかったものの、じきに元気な産声をあげて被害者と対面した。被害者は女児の手を優しくつかんで「ちっちゃい手だね」などと言っており、この時点では被害者の意識はしっかりして、血圧なども正常の範囲であった。

 被告人は子宮切開創の止血をし、子宮収縮剤を注射した後、臍帯(さいたい)を手で引っ張って胎盤の剥離を試みたが、胎盤は剥離しなかった。胎盤に子宮が引っ張られて持ち上がってしまう状態であった。

 このため、被告人は2時38分ごろに用手的剥離を開始。左手で胎盤をひっぱりながら、右手手指を胎盤と子宮のあいだに差し入れ、指先で胎盤を押すように剥離を試みた。

 開始時は容易に右手の3本の指を差し入れることができ、容易に剥離することができたが、徐々に指を差し入れることができなくなり、力を込めなくては胎盤をはがすことができなくなった。3本指を入れることもできなくなったため、指2本にして剥離を継続。しかしそれも困難になり、やがて1本の指も入らなくなった。

 被告人はこの時点までに被害者の胎盤が子宮内壁に癒着していることを認識し、剥離を中止して子宮摘出の措置をとるべきであることを知っていた。子宮摘出の同意は得られており、摘出を回避しなければならない事情は全く存在せず、胎盤の剥離を継続すべき必要性・緊急性もなかった。

 被告人は、輸血の追加発注などもしないまま、「胎盤を手で剥離することができない場合に剥離を継続しても、大量出血しない場合もあり得るだろう」「指より細いクーパーであれば胎盤と子宮内壁のあいだに差し込むことができるだろう」などと安易に考え、2時40分ごろにはクーパーでの剥離を開始した。 この時点での総出血量は、羊水込みで約2000ミリリットルだった。

 クーパーのはさみを閉じた状態にして持った被告人は、先端部を胎盤と子宮内壁のあいだに差し入れ、閉じた状態の刃の部分で癒着箇所をそぐように剥離を行ったが、クーパーによる胎盤剥離を開始したころから、子宮の広い範囲で次々とわき出るような出血が始まった。看護師らは出血量を計量し、医師らに総出血量を口頭で報告していた。2時45分ごろには被害者の血圧は低下し始めた。

 この間、被告人は、剥離困難な部分をクーパーのはさみを開閉して切った上、そぐようにして剥離して、2時50分頃胎盤を娩出した。

 娩出された胎盤は表面が崩れた状態であり、一部分は欠損していた。その後の病理検査の結果、被害者の子宮内壁の胎盤剥離部分には肉眼でも分かる凹凸がみられる上、子宮内に胎盤の一部が残存して、断片にはちぎれたようなあとがあった。

 2時52分の出血量は2555ミリリットルだったが、その約13分後の午後3時5分過ぎごろまでの出血量は7675ミリリットルに増加していた。血圧は、2時40分時点で上100下50強であったが、2時55分には上50弱、下30弱に急落した。脈拍数はいったん下がったものの、午後3時ごろから急上昇して、出血性ショック状態に陥った。
 
 麻酔科医は、2時55分ごろから輸血を開始したが、使い尽くしたため3時10分ごろ、被告人からの指示を待たずに追加輸血を発注した。被告人はその後も完全に止血することができず、ようやく子宮摘出を考えたが、追加輸血がなければ摘出ができないため、血液製剤の到着を待った。午後4時10分ごろに総出血量は約1万2085ミリリットルに達した。

 この間、被告人は被害者家族への説明を行わなかった上、心配して手術室にかけつけた院長から応援要請をするかと尋ねられたが、これも断った。

 追加輸血が到着し、午後4時30分頃から単純子宮摘出術を行って子宮を摘出した。しかし午後6時5分ごろ、被害者は心室頻拍となって脈も触れない状態に陥り、麻酔科医らが蘇生措置を行ったものの蘇生しなかった。被害者は午後7時1分ごろ、クーパーを用いた胎盤剥離による剥離部分からの出血により失血死した。

 蘇生措置の途中、被告人は被害者家族に状況を説明するためいったん手術室を出たが、その際顔を合わせた院長に「やっちゃった」、助産師に対しは「最悪」などと述べた。

 被害者の死亡後、被告人は死因が癒着胎盤の剥離面からの出血に起因する出血性ショック死であったと診断した。8時45分ごろから被害者の夫らに対する説明をし、癒着胎盤であったこと、癒着胎盤をはがす際に出血が増加したことなどを説明した。

 院長には10時30分ごろに院長室で報告し、「癒着胎盤であった。胎盤を剥離するとき、最初は手で剥離できていたが、下の方に行くに従ってはがれなくなり、クーパーを使って剥離したら出血した」と説明した。

 被告は、胎盤を子宮から剥離するときにクーパーを使用する症例を聞いたことがなく、「クーパーを使用したのは不適切だったのではないか」と感じていたものの、院長にはミスはなかったと報告し、院長は専門医である被告人の「ミスはなかった」との言葉を信用して医師法に基づく警察への届け出を不要と判断した。

 福島県警は、県により設置された医療事故調査委員会が、この件は癒着した胎盤を無理にはがしたことによる出血性ショックなどによる医療ミスであったとの調査結果を公表した2005年3月31日付新聞報道を端緒に、捜査を開始した。


◇その他情状

 被害者の夫は、被告人について、被告人のことは絶対許せない、厳重な処罰を望みますとの被害者感情を述べている。』

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子宮摘出が何時に終わって、その時の血圧はいくつだったのでしょう??子宮摘出終了時のバイタルによっては、出血死かどうかは、簡単に反論できてしまいます。
麻酔チャートを見れば一発です。なぜ、急変した直前のバイタルの記載がないのでしょう。

胎盤を剥離したあたりは詳細に書いてありました。
>血圧は、2時40分時点で上100下50強であったが、>2時55分には上50弱、下30弱に急落した。脈拍数は>いったん下がったものの、午後3時ごろから急上昇して、>出血性ショック状態に陥った。
しかしね、、、、せめて、収縮期血圧・拡張期血圧とか、血圧100/50mmHgとか、医療事故を裁くんですから、表現にも気を使っていただきたいと思います。

投稿 MJ | 2007年2月 1日 (木) 19時11分

MJさま

こんばんは
コメントありがとうございます。

>子宮摘出が何時に終わって、その時の血圧はいくつだったのでしょう??子宮摘出終了時のバイタルによっては、出血死かどうかは、簡単に反論できてしまいます。
麻酔チャートを見れば一発です。なぜ、急変した直前のバイタルの記載がないのでしょう。

恐らく、その部分は隠しておきたいのでは?と感じますが....
ただ、弁護側にもその部分は詳細に陳述されていないように思いました。

>医療事故を裁くんですから、表現にも気を使っていただきたいと思います。

冒頭では、「臍帯」をじんたいと読み、弁護側から指摘されるというような一幕もあった様です。

投稿 管理人 | 2007年2月 1日 (木) 21時05分

子宮摘出の同意は得られており、摘出を回避しなければならない事情は全く存在せず

検察から見ると、出来るだけ子宮を残してあげたいというのは「事情」ではないのでしょうか。

投稿 bamboo | 2007年2月 3日 (土) 10時46分

bambooさま
こんばんは

今後も挙児の希望があり、術前にその意思を確認しているのであれば、通常は温存を考慮した処置になるでしょうね。それを、「摘出を回避しなければならない事情は全く存在せず」となっちゃうんですね...検察の方々の文章では...。

悪い言葉ではありますが...「ヒトでなし」という単語が頭をかすめます...。

投稿 管理人 | 2007年2月 3日 (土) 22時31分

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