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2007年1月

2007年1月30日 (火)

お詫び...(誤解)

2007年1月30日 晴れ
今日はお詫びです。福島県立大野病院産婦人科医不当逮捕事件で逮捕時の状況を誤解していました。

拙ブログでの理解は...
「診療中にマスコミの前で逮捕」というものでしたが、実際には「数日前より家宅捜索の連絡があり自宅待機していた、警察署に任意で同行を求められ、署内で逮捕状を執行した。」というもののようです。ただし、テレビでは同行する状況が流されており、その部分では誤解がなかったのかもしれません。

誤った情報を流してしまい、謹んでお詫び申し上げます。そして、拙ブログでの認識を上記の状況に変更させていただきます。尚、このエントリーはしばらく(数日の間)トップに掲載させていただきます。

日経メディカルオンラインから...
『--逮捕されたときの状況とそのときの気持ちを聞きたい。
加藤医師 インターネットなどでいろいろな情報を見ていると、診療中に逮捕されたとの記載もあったが、そうではない。逮捕されたのは土曜日で、その3~4日前に警察から病院に連絡があり、家宅捜索に入るため、朝から待機するように言われた。土曜日は外来が休みだが、急患などに備えて近隣の病院の先生に応援に来てもらうよう手配もした(編集部注:当時、福島県立大野病院の産婦人科医は、加藤医師一人)。午前中に2時間くらい家宅捜索があり、「警察署で話を聞く」と言われた。その前にも3回くらい警察署で話をしており、それと同じかなという感覚だった。(所属している)大学にも電話し、「警察に連れて来られた。逮捕されたら、どうしようか」などと冗談で言っていった。ところが警察の取調室に入ったら、突然逮捕状が読み上げられた。「これは、こうだからこうしたんですよ」などと説明もしたが、もちろん聞き入れてもらえなかった。』

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2007年1月18日 (木)

不都合な真実

2007年1月18日 晴れ
余り寒くありません。

アル・ゴア氏はアメリカ合衆国の元副大統領であり、2000年の大統領選挙にて現ジョージ・ブッシュにすったもんだの末に敗北を喫した大統領候補です。いま、なぜこの映画が脚光を浴びてきたのか?これには、多くの思惑が絡んでいるものとは思いますが...その主張には耳を傾ける必要はあるのではないかと感じます。

さて、化石燃料を湯水のごとく消費し、大気中にCO2を大量に排出して栄華を極めるアメリカ合衆国。温室効果ガスの削減目標を定めた、京都議定書にも自国の都合のため調印せずといった状態です。1960年代より、地球環境について勉強してきたアル・ゴア氏が実際に出演しての映画「不都合な真実(An inconvenient truth)」は、アメリカ国民にも大きな考え方の影響を与えるのではないかと考えます。排出され続けるCO2が現在の地球温暖化に大きく影響しているという理論は実際には充分に証明されたものではないようです。しかし、ほんの100年前に比較して人間が生きる世界は便利になりすぎた...ひょっとするともう少し慎ましい生活をするべきなのかもしれません。

不都合な真実About the filmより
『多くの政治家たちが耳を貸そうとしない“不都合な真実”。しかし、私たちが日々の暮らしの中で小さな努力を重ねることで、地球を変えていける、とゴアは訴える。それぞれの問題は日常生活の中でつながっており、車の排気ガスを減らしたり、自然エネルギーを取り入れることで、事態は確実に改善されていく。地球の未来を信じているからこそ、立ち上がった孤高のサムライ。「不都合な真実」はそんな男の勇気と希望に満ちた闘いを温かい視点で見せる異色作だ。』

一度は観てみたいと思います。

『さらにこの四半世紀の間に、鳥インフルエンザやSARSといった奇病が発生。昨年、ニューオリンズを襲ったハリケーン"カトリーナ"のような大きな自然災害も増えた。』

うーむ、高病原性鳥インフルエンザやSARSは地球温暖化とは直接は結びつかないと思いますが....カトリーナは何らかの関連がありそうです。

仮に、CO2の増加と現在進行する地球温暖化とが密接に関連があり、我々の日常の努力でCO2排泄を減らせば温暖化をくい止めることができ、環境をこのまま保全できるとしたら...何をすべきなのでしょうか?効果的にCO2排出量を減らすためにはなにをするべきか?こういった設問の答を聞いてみたいと思います。

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2007年1月 9日 (火)

メデューサの頭

2007年1月9日 晴れ
結構寒いです。

「メデューサの頭」は消化器病の講義の中で出てくる、ギリシャ神話から派生した言葉です。肝硬変などの、肝臓の血流が悪くなる病態や、その他の門脈という消化管から栄養を吸収して流れ出してくる静脈(これが肝臓に入っていくのですが)の圧力が高くなる病態において、門脈の血液が何とかして心臓に戻ろうとすることによって別の通路を通ろうとします。そして、その別の通路を側副血行路といいますが、その一つが腹壁を通るものです。そして、臍から放射状に広がるように拡張した皮下の静脈がみえることがありますが、これをメデューサの髪に捩って「メデューサの頭」と呼ばれるようになったものといわれます。

まだ、超音波検査などが発達していない頃は、こういった症状、徴候を注意深く拾い上げて診断に至っていたのであると思います。特に、腹壁の皮静脈の拡張、手掌紅斑などは肝硬変の症状として知られていました。

さて、メデューサの話はどんな話だったのでしょうか?だいたいは、こんな話であったようです。

『____メデューサの首____

神々の中の神:ゼウスは人間であるダナエを愛した。やがて、男の子が生まれ、ペルセウスと名付けられた。ダナエの父アクリシオスは予言で、「このペルセウスがやがて自分を殺すことになる」と聞き、ダナエとペルセウスを海に流した。

セリポス島という島まで二人は流れ着き、この島のポリュデクテス王に養育されることとなった。
ダナエはかなりの美人であり、ポリュデクテス王は何とかしてダナエを自分の妻にしようと画策した。しかし、ダナエはこの粗暴な王との結婚を嫌がったので、王は別の女性に求婚するふりをして、周囲の友人から馬を一頭づつもらうことにした。

この時、ペルセウスにも王は「あなたの母上には、他にも求婚者がいるのでね。私は惨めな姿をみせたくないんだよ」と伝えた。王がダナエとの結婚を諦めてくれそうなことに、ホッとしたペルセウスは王に次のようにいってしまった。「残念ながら、私は馬を持ち合わせません。しかし、母を諦めて下さるなら、お祝いに何でもお望みのものを贈りましょう。何ならば、メデューサの首でも...」
メデューサは、ゴルゴン三姉妹の一人で、髪は蛇で、その顔は見た人を恐怖の余り石にするという化け物であった。王は「本当かい?メデューサの首はすばらしい贈り物だ。ぜひ、それを贈ってくれ」とまんまと王の罠に引っかかってしまい、メデューサ退治に出かけることとなった。

この会話をたまたま立ち聞きしていたアテナ(知恵と戦争の女神)は同行することを申し込んだ。何故かというとアテナはメデューサがまだ優しい普通の娘であったころ、その髪の見事さを彼女と競い合ったのである。そして、負けてしまったアテナは怒ってメデューサを化け物に変えてしまったのである。しかし、アテナはそれに飽き足らず、最後のとどめを刺そうと考えたのである。

まず、アテナはペルセウスをエーゲ海のサモス島へ連れて行き3人のゴルゴン姉妹の像をみせた。これで、ペルセウスはメデューサを他の2人の姉妹と区別できるようになった。アテナはここで、メデューサをじかにみてはいけないと注意を与えた。そして、青銅の盾(これがイージスか?)にうつるメデューサの姿をみるようにと伝えた。

その他、メデューサの首を斬りとるための、ダイアモンドの鎌はヘルメス(商売と通信の神)より借りた。翼のあるサンダルと首を入れる魔法の袋、冥界の王・ハデスの持つ隠れ帽子を手に入れた。

モノがそろったところで、ペルセウスは西の方に飛んでいき、メデューサの居る所へいった。あたりにはメデューサを見たために恐怖で石になってしまったヒトや動物たちの像がゴロゴロしていた。

ペルセウスは鎌をもち、隠れ帽子をかぶってメデューサに近づいて、盾にうつるメデューサの姿をみながら、その首を斬りおとした。メデューサの二人の姉妹は、異変を感じて目を覚ましたが、隠れ帽子をかぶっているペルセウスを見つけることができなかった。そこで、ペルセウスは南の方へ逃げていった。

メデューサの遺体からは、ペガサスと黄金の剣をもったクリュサオルという戦士が生まれた。』

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2007年1月 6日 (土)

延命治療についての記事

2007年1月6日 曇り
寒風吹きすさぶ状況です。夜半には、九州でも雪になるところがありそうとのこと...。

延命治療とその中止については、これまでも多くの事件で問題となってきました。最近では富山県射水市民病院で終末期の患者さんの人工呼吸器を止めて7人以上の方が亡くなっているとのことが話題となり、殺人罪を含めた刑事訴追を検討されるとの事態が起こりました。一旦はじめた人工呼吸は現在の日本では「止めることが許されない」ものとなっています。

さて、某医療系掲示板からの記事です。ソースは共同通信。

「「誰も幸せにならない...」 延命治療、医師も苦悩 「自然な最期を」と妻子 (3) 」(共同通信 1月5日)

『首都圏の民間病院では約10年前、呼吸器を外した経験がある。重い脳出血で運ばれた60代の男性は、脳の損傷がひどく意識の回復は望めない状態。自発呼吸はわずかに残り、酸素の不足分を呼吸器が補っていた。病状説明を受けた妻は延命中止を望み、成人した子供たちも同じ意見だった。
 「呼吸器を外したら早晩亡くなりますよ」「自然な形でみとりたいんです」。主治医は家族と話し合い、希望を受け入れた。男性は約2週間自発呼吸を続け、死亡した。』

恐らく、脳幹部のみ僅かに生き残った状態で、いわゆる「植物状態」の患者さんであったと思われます。気管チューブを挿入しているか?気管切開を行ないチューブを入れておけば、舌根の沈下による気道閉塞もなく、人工呼吸器を外しても直ぐには死に至らない状況であったのではないかと考えます。
ここでは、患者さん本人の意思は確認できませんが、家族は人工呼吸器を止めることに同意しています。このようなケースで人工呼吸器を止めるのは許されることか?医師に法的な擁護があるのか?現状では「曖昧」です。しかし、実際にはこういった症例は数多くあり、全国の医師たちは「どのように対応すべきであるか?」悩み続けているのではないかと感じます。

『中部地方の公立病院の医師は「以前勤めた病院でも今いる病院でも、呼吸器を何度も外した」と打ち明ける。救急搬送されれば取りあえず呼吸器はつけるが、脳の機能回復が望めない患者や末期がんと判明した場合、家族が望めば外すという。
 「同僚や先輩医師が外すのも見たことがあるし、家族が泣いて頼んでも知らないふりをして延命を続ける医師もいるだろう。どちらもつらいし、ルールがない中でみんな悩んでいる」』

救急の現場では本人や家族の意思を確認することは不可能に近く、状態が悪ければ人工呼吸をはじめるのは仕方がないことです。現状では一旦付けた人工呼吸器を外し、それが原因で死に至った場合、医師は殺人罪を視野にいれて立件される恐れがあります。「家族がのぞめば外すという」ことは非常に危険な行為でないかと考えます。ルールを作ることは非常に難しいと思いますが...逃げてばかりで検討しない訳にはいきません。

『北陸地方の民間病院の医師は「植物状態になった場合に患者を支えなければならない家族の経済的状況も踏まえ、『あうんの呼吸』で家族の気持ちを察するのが医療従事者の大事な役割」と回答用紙につづった。』

『あうんの呼吸』で呼吸器を外した医師が、マスコミから虐待を受けました。気持ちを察して行動してあげたいのですが...自分の身のことを考えると、「できない」というのがホントのところではないでしょうか?

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2007年1月 5日 (金)

小児科医とルート確保の技術

2007年1月5日 曇り
明日からは大荒れの天候の様です。

小児科医とルート確保(点滴する針を刺すこと)の技術は切っても切れない関係にあります。そして、小児科医の仕事のうちかなりの部分を占めるといって過言ではないと考えます。

小児では静脈自体の径が細いこと、特に生後6ヶ月程度からの乳児などでは皮下脂肪が付いてきており、まさに血管が埋まるがごとくに静脈が皮膚から透見できない状態となります。そういった場合は自分の手背(手の甲)などを見ながら、「ココにあるに違いない」という感じで刺していくのですが...それが当たるようになるには、ある程度の期間、修行を積む必要があります。私は、もう既に15年以上のキャリアですが、それでも留置するのに大変な苦労をすることがあります。

留置針は右図のような構造になっています。最終的には、樹脂でできた柔らかい外筒だけが血管内に留置されることになります。Photo_4

そして、留置針の内筒が血管内に入ると、血液が逆流してきます。更に進めて、外筒まで血管内に入れば、外筒だけを進めて血管内に留置します。外筒は柔らかい樹脂でできているので、少々動いても漏れること(血管の外に輸液剤が出て行くこと)はありません。Photo_5Photo_6

そして、血管が細いと、どうなるか?ですが...図のように、外筒を血管内に入れようとすると血管の対側壁を突き抜いてしまいがちです。
突き抜いてしまうと、外筒が血管内に入らなかったり、輸液が漏れたりしてうまく留置できません。

Photo_7

それを避けるために、こんなことをしたりしますが...うまく行く時とうまく行かない時があります。
それでも、経験を積んでいくと、だんだん失敗は少なくなります。
最初から名人はいません...

Photo_8

なるべく、何度も刺すことのないように技術を磨いていますが...
時に、本当に入らないで苦労することがあります。心の中では「ごめんね」といいながら...子供も辛い、小児科医も辛い。そんな瞬間です。

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2007年1月 1日 (月)

最後の希望

本日2稿目です。

イージスやパンドラという言葉はギリシャ神話から派生して出てきている様です。現在海上自衛隊にも4艦(こんごう、きりしま、みょうこう、ちょうかい)配備されているイージス艦はフェーズドアレイレーダー(phased array radar:位相配列レーダー)というレーダーを備え、あらゆる方向からの攻撃に即座に対応できる(つまり、撃沈できない)ことから...ギリシャ神話の中の女神アテナ(知恵の神とされる)に、その父神ゼウスが与えた「全能の盾」に例えて名付けられたとされます。

パンドラは、始めて作られた人間とされます。パンドラはプロメテウスとエピメテウスという兄弟が泥より作ったとされ、その意味は「すべての賜り物を与えられた女」ということです。非常に美しい女性であったので、作ったエピメテウスは自分の妻にしてしまったとされます。さて、パンドラは天上界から下ってくる時に一つの箱を携えていました。その箱の中には神々から贈られたものが入っていました。そして、その箱を絶対に開けてはならないといわれていましたが、パンドラは好奇心にかられ開けてしまいました。すると、神々から贈られたいいものはいち早く飛び出し、ついでに憎しみや狭量、猜疑心、利己心などが飛び出してこの世に蔓延しました。そして、慌てたパンドラがその箱の扉を閉めたとき、のろまで臆病な「希望」だけが、その箱に残りました。だから、今でも、どんな時にも最後まで「希望」だけは人間とともに居残ってくれるのです。

今の日本の医療を取り巻く状況はホントに厳しいものです。徹底した医療費削減、マスコミの方々の無理解。医師の逃散は始まり、周産期などの非常に重要な医療は一部では崩壊に至っています。現場では「最後の希望」だけが残っているのではないでしょうか?そして、「最後の希望」を持つヒトも現場から立ち去れば、そこには希望も残りません。

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祈り

2007年1月1日 曇り
元旦です。少し、実家に帰ることができ、そこではインターネットに接続できる環境にないため、1日更新できませんでした。明けましておめでとうございます。(月並みですが...)

昨年はいろいろなことがおこりました。医療界には大きな衝撃の走る出来事が多数ありました。今年は、良い方向に進むように願っております。

私の接する人たちが一人でも多く幸せでいるように...。

私の施す医療が、その患者さんに悪い転帰をもたらさないように...。そして、それを恐れるがあまりに足を竦ませてしまわないように...。

国を動かす人たちがその舵を悪い方向に切り続けていかないように...。

祈っています。

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