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2006年8月14日 (月)

医療崩壊に対する対策

2006年8月14日 晴れ
暑いです。

元検弁護士のつぶやき:医療崩壊に対する制度論的対策についてという、元検事で現在は弁護士をされている矢部先生のブログの記事からトラックバックを受けました。

制度論というとちょっと難しいですが、現在までに考えてきたことをまとめてみたいと思います。

まず、日本の医療をとりまく環境です。拙ブログでも、とりあげてきました。まず、医療費は対GNP比で7.6%程度。アメリカは12%以上で日本の約2倍、医療崩壊を来しているとされるイギリスでは6%代でした。また、人口1000人に占める医師の数はWHOが調査しており、OECD加盟国の中で最低のレベル。病院1ベッドあたりの職員数はアメリカの約1/5であるとされています。そして、医療のoutcomeを示す指標の一つ、平均寿命は御存知の通り世界1です。
まとめると、日本の医療は人員が制限され、そして安く仕上がっており、その成績はなかなかのものである。ということでしょうか?ただ、これには患者さんの満足度という指標は入っていません。恐らく、満足度という観点で行くとかなりレベルは低いのではないか?と思います。(私見です。)
でも、それはある程度は仕方のないことかもしれません。ギリギリの人員で病院を運営しているため、職員はテンテコマイです。看護師さんはいつも走っています。医師もベルトコンベアーのように流れてくる仕事をこなさなければなりません。そうまでしないと、食べていけないのです。日本の診療報酬体系では....

ここまで述べてきたように、日本の医療の現場はギリギリの状態です。しかし、厚生労働省は「もっと効率化せよ!」「医療費を減らしなさい」とのかけ声をかけつづけています。そして、先進国のなかでみると最低レベルの(人口あたり)医師数を、「医師は足りている」といってゆずりません。
政策医療を行ってきた公立病院は効率化を求められ「地方公営企業法全部適用」「独立法人化」ととにかく、収益をあげるに血ナマコになっています。
このような状態のなかで、モチベーションを保っている医師はどのくらいいるのでしょうか?

さらに、マスコミが追い打ちをかけます。医療の現場は、非常に高度な判断を求められ続ける場所です。各々の患者さんにおいて、疾患が同じでも100%同じ状態はありません。一つ一つが違うのです。経験の豊富な臨床医でも、その医療事故の現場にいなければどのような状態がおこったのか?なぜ、このような結果になったのか?類推することはできても、決めることはできません。それを、医療について決して詳しいとはいえないマスコミの記者が記事にします。そして、時代は「医師をたたく」流れです、医師に対して温情的な報道は寡聞であるといえますし、「マスコミから虐待をうけた多くの医師」たちがいるといえます。
そして、医師のモチベーションは更に下がります。

最後に、医療過誤の場合の法曹界の対応です。福島県立大野病院産婦人科医不当逮捕事件を例としてあげざるを得ません。この事件は、癒着胎盤という非常に稀なそして救命しがたい、さらに予見しがたい状態において、新生児を救命することはできたが、残念ながらお母様を救うことができなかったという事例において、事件から実に1年以上経過した時期に、業務上過失致死、医師法違反(異状死体届出義務違反)という通常では考えられない、医師であればほぼ全員が不当であると声をあげるような罪状で、しかも通常診療中にマスコミの目の前で手錠をかけて連行するというようなものでありました。そして、逮捕の理由、その罪状についても、医療サイドからすれば到底納得のできるようなものではありませんでした。
検察の方々は、法律については一生懸命勉強され、その道のプロであるといえます。しかし、こと医療に関しては臨床の経験のある方はほとんどいらっしゃらないであろうと考えます。医療を勉強したことのない方、そして臨床の経験のない方には、恐らく「医療は100%でない」「医療の不確実性」ということは、頭ではわかっていても、心底理解されるということは難しいと考えます。今回の不当逮捕においても、本当に現場のことを理解して逮捕に踏み切ったのか?理解しがたいところがあります。

以上、現状での問題点を列挙したつもりですが...その、解決法としては...
1.医療の効率化を進めることも重要かもしれないが、良質な医療にはある程度のお金がかかることを理解し、必要な部分には潤沢な医療費を費やすべきである。
2.医師や病院職員は不足しているとの認識を厚生労働省は持つべきであり、その確保のために医師、看護師養成数を増やすことも考慮に入れて検討すべきである。
3.マスコミには感情的な医師バッシングではなく、冷静に事件とその裏側にある問題を探り出し報道につなげていただきたい。
4.法曹界の方々(特に検察の方々)には、もう少し医療の現場を知っていただきたい。医療には不確実性があり、100%でないことを特に認識していただきたい。その上で、明らかな医療過誤とそうでないものを見極めていただきたい。それができないのであれば、医療事故を専門に検討する部門を作り、そこに臨床経験豊富な医師などを集めて判断させるべきである。
などが挙げられると思います。

更に、最近の話題からですが....
日本の法制度の問題点として、「過失の存在しない医療事故」については補償されないというものがあります。特に、児に高度の障害が残る、「脳性麻痺」については現在までの研究で、出産時におけるトラブルが影響しておこったものは非常に少ないとの結果がでています。そのように、誰の過失も存在しないものについては、公的に補償するという制度→無過失補償制度を早急に導入すべきであると考えます。これに対しては、医師のモラルハザードがおこるという意見などが根強くあり、導入までまだイバラの道とも考えますが、私の考え方からいうと、「まずは後遺症をもった児に対して補償をしてあげることが最優先である」と思っています。この制度の第一義的な意味は患者さんのためであって、医師の云々は二の次であるということです。

以上、なんだかちょっとわかりにくいまとめとなりましたが、『医療崩壊に対する制度論的対策』についての考察です。

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コメント

全くもっておっしゃる通りですね。
肝炎でもエイズでも、原爆でも、本人が悪くないのになってしまった人には、保証する制度も必要だと思います。

それと、私のくだらない試みに参加していただいて、ありがとうございました。
また、完成したら、報告させていただきますね。
では。

投稿: Dr. I | 2006年8月15日 (火) 00時54分

こんにちは
Dr.I先生

コメントありがとうございました。
無過失補償制度の導入については、なかなか議論のあるところです。ようやく、日医が提言を出しましたが、紆余曲折が予想されます。
早期に実現すればいいなと思ってるのですが....

無料レポートの件、何卒よろしくお願いいたします。今後とも何卒よろしくお願いします。

投稿: befu | 2006年8月15日 (火) 14時36分

>「過失の存在しない医療事故」については補償されない

この法理論は基本的に理解できます。誤解のないように言っておきますが、この言葉は医療だけではなく、他の事案であっても基本的に同じだからです。私も経験しましたが、天災による被害に個人補償をしなかったことに通じます。

そのため医療事故で補償を得る為には何が何でも「過失」を見つけ出す必要が生じます。この事が医療訴訟を大きく歪めていると感じています。

最近医療訴訟でよく耳にする言葉に「期待権」なる言葉があります。医療でこうなる事を期待していたのに、そうはならなかった事が過失であるという事と理解しています。

言葉通りの事もあるでしょうが、正直なところ、そこまで医療に期待されても困るという事も多々あると感じています。医学とはそんなに完成された科学では無いということです。

期待権は止め処もなく拡大解釈されているように思います。あくまでも私が受ける印象ですが、うまく行かなかった事すべてが、期待権を損なっていると解釈されつつあると思っています。

それもこれも過失の有無で補償がall or nothingになる世界であり、司法が原告にかなり同情的であることから生じていると考えます。

過失の有無に関わらず、現実として被害を受けている原告に同情的なのは人として理解できます。理解は出来ますが、補償させるために、相当強引な印象を受ける過失を編み出していく事がそんなに正しい事なのかに疑問は隠せません。

期待権に関する判例を読めば、医師ならそれだけで相当な重圧を感じると思います。文字通り「明日はわが身」であり、感覚として「目隠しをして地雷原を歩く」になります。

それだけの重圧が医療をどう変質させるかについて、世間の関心は薄いですね。医者は底抜けのお人よしで楽天家であり、便利にそういう事だけ物忘れをする人種と思っているでしょうか。

フトフト思ってしまいました。

投稿: Yosyan | 2006年8月15日 (火) 15時04分

こんばんは
Yosyan先生

補償のため、本当には存在しないミスを作ってきたのでしょうか?過失の争いは、法廷では当たり前のことの様ですが、本来の医療過誤のマネージメントからは離れますね。
医療は、失敗からも多く学ばなければならない。その失敗が法廷に持ち込まれて、過失の有無の争いになれば、都合の悪いコト(真実)は当然見えてこないことになります。そう考えると、やはり医療事故は法廷にできるだけ持ちこまないようにしなければならない。(もちろん、明らかなミスはこの限りではないでしょう)と思いを新たにしました。第3者機関を設立するべきだと思います。

投稿: befu | 2006年8月15日 (火) 23時00分

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