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2006年8月23日 (水)

第3者機関の話題

2006年8月23日 晴れ
医療行為中の死亡を医療過誤によるものか?どうかを判断する機関の設置を厚生労働省は前倒しして行う予定としたようです。

医療不審死、厚労省が08年度にも究明機関設置へ(読売新聞)

『医療行為中の不審死(医療関連死)について、第三者機関が原因を究明する仕組みを構築する作業が、来年度から本格化することになった。
 厚生労働省が、外部の専門家による検討会を来年度に設置することを決めたもので、早ければ2008年度にも新制度がスタートする。厚労省では昨年から、5年計画で第三者機関による死因究明のモデル事業を進めており、その実績をみて検討を始めることにしていたが、患者、医療機関双方からの要望の高まりに応え、検討作業を前倒しすることにした。
 厚労省では、医療関連死の数を年間1万件前後に上るとみている。しかし、公的に死因を究明する制度はなく、患者側が病院の説明に納得できない場合は、民事訴訟を起こすか、捜査機関が立件するのを待つしかないのが現状だ。』

患者さん側、そして医療側双方に公平な死因究明機関であれば、これはできるだけ早期に立ち上げていただきたいと切に願う次第です。しかし、どなたが鑑定するのでしょうか?一般臨床のレベルでものごとを判断できないと、偏った判断がくだされる可能性があるのではないかと....心配してしまいます。
また、民事訴訟や刑事事件となることで、医療事故の真の姿が見えてくるとはいえません。

<患者側が病院の説明に納得できない場合は、民事訴訟を起こすか、捜査機関が立件するのを待つしかないのが現状だ。

とありますが、裁判では事故の本当の姿は見えてこず、次に同様な事故が起こるのを防ぐ糧とすることはできません...それは、法廷での戦いでは「この事故を教訓にすること」よりも「自分たちが法的に勝つこと」が優先され、お互いに都合の悪い事実は公表できなくなるからです。そして、やもすると都合のわるい事実の中に、将来同様の事故を防ぐ手がかりが隠されていることが多いと思います。

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コメント

生意気を言って申し訳ありませんが、逆に、訴訟がなければ同様の事故を防ぐ手がかりが浮き出てくるとも思えない...気がします。事故防止と裁判は別物ではないでしょうか。

よく調べてはいませんが、(マスコミが取上げる)社会的にインパクトのある医療訴訟は短期入院もしくは移送や外来によるものが多いのではないでしょうか。

その様な差し迫った時間内では、医師との意思疎通を行なうこと、医師の処置を理解することの前に、家族側は我慢を強いられる形になり、あれよあれよという間に命を落とし、それまでの我慢と共に家族を失った悲しみと怒りが爆発する、というケースが多いのでは。

長期の入院であれば、上記の事柄も、病院というシステムも、医師という仕事についても、少しは理解できる時間が設けられ、覚悟もでき、訴訟は起き難いのでは。

いずれにしろ、訴訟を防ぐ観点から漠然とした考えですが、病院というシステムの中で、医師と患者家族の間に意思疎通の為のクッション役となる中立的な人を配置できれば良いのでは、と思っています...が、お金がかかってしまいますね。ボランティアでも良いかも、です。

ともあれ、医師に対し刑事訴訟は絶対にイカンです。一市民として強く強く憤りを感じます。

投稿: 白神 | 2006年8月24日 (木) 00時29分

こんばんは
白神さま

コメントありがとうございました。

<生意気を言って申し訳ありませんが
いいえ、貴重な御意見ですよ。^ ^
長い闘病生活の末に出てくる言葉は貴重であり、我々、医療者は耳を貸すべきである。と考えます。

<訴訟がなければ同様の事故を防ぐ手がかりが浮き出てくるとも思えない...
確かに、その考えは一部当たっていると思います。現にアメリカの学説を主張する一派では、「医療訴訟はどんどん行うべきである。そして、それが、医療の質を高める原動力となる」としている方々もいます。
ただ、拙ブログでも取り上げましたが、訴訟には様々な中間マージンがかかり、その分もバカにならない、医療過誤が含まれていないと思われる事案については法廷に持ち込むべきではない。との考えもあります。

ここからは私見ですが、現在の医療レベルと勘案して明らかに医療過誤であるといえるものについては、第3者機関が「これは過誤である」と認定して、法廷に持ち込むべきであると思います。しかし、それ以外のものについては第3者機関で、その原因と対応策を検討し今後同様の事故が起こらないように対策を考え、広く周知する。とすればよいのかな?と考えております。

<医師と患者家族の間に意思疎通の為のクッション役となる中立的な人を配置できれば良いのでは、と思っています...
そうですね、やはり医療者と患者さんの間のコミュニケーションが重要である。これは、多分ほぼ医療者もほぼ全員がそういう風に感じていると思います。ただ、現状では難しいですね...白神さまも御指摘のごとく、新たな職員を配置するためには、人件費が必要です。日本の場合、現在でも職員数はギリギリの状態です。これは、仕事に見合うだけの報酬を出せていない状況のためであると考えます。アメリカでは病院の1ベッドあたりの職員数が、日本の約5倍かそれ以上とされており、そういった専任の職員や牧師などを配置できるのではないかと考えていますが....

投稿: befu | 2006年8月24日 (木) 01時50分

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