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2006年8月17日 (木)

協力医について

2006年8月17日 雨
台風が接近しており、ずいぶんと激しい雨になりました。先ほど、病院に呼ばれた時はちょっとスゴい降りでした...
心肺蘇生の話題も記事にしたいのですが、ちょっと時事の話題や、法曹界の方々のブログに触発されて、なかなか進みません...^ ^;

さて、拙ブログ:医療崩壊に対する対策にも記述しましたが、「現在の医療訴訟に大きく影響するのは事故を鑑定する鑑定医や協力医である。」ということがわかってきました。(というより、ずっと前から指摘はされているのでしょうが...)第一線で働く、一般の臨床医が医療の現状と照らし合わせて鑑定を行うべきなのではないか?とも思っています。

コメントをいただいたYosyan先生からは...「一般の臨床医の協力医を増やすべきである。そして、鑑定の透明性を確保すべきである。」との主旨の御意見をいただきました。
また、モトケン先生からは...「(略)とりあえずこれに対する対処としては、被疑者の立場に立たされた医師を応援するために、極めて多忙とは思いますが、多くの臨床医が意見書を作成して検察に提出することが考えられます。(略)」との言葉をいただき、やはり協力医の中に一般臨床に携わっている医師が増えることが必要ではないかと受け取れる御意見です。

さて、一般臨床に携わる臨床医は非常に多忙です。これは、臨床家が協力医になることを妨げている大きな原因と思われますが、これ以外にも何か妨害するような原因はありそうです。また、どうすれば臨床医が参加できやすくなるのか?考えてみたいと思います。この記事を読まれた方で何か御意見を持っている方、どうぞコメントしていってください。私も前向きに考えを進めていきたいと思います。

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コメント

「befu」先生へ

 ご無沙汰しております。日常業務や司法改革問題についての弁護士会の委員会の仕事に追われて、なかなか医療問題について考える余裕がありませんでした。

ー拙ブログ:医療崩壊に対する対策にも記述しましたが、「現在の医療訴訟に大きく影響するのは事故を鑑定する鑑定医や協力医である。」ということがわかってきました。(というより、ずっと前から指摘はされているのでしょうが...)第一線で働く、一般の臨床医が医療の現状と照らし合わせて鑑定を行うべきなのではないか?とも思っています。ー

 というご提案はごもっともだと思います。
 弁護士も検察官も専門家である医師の意見を聴くことなく動くことはまずありません(もっとも弁護士の場合「聴きたくても協力医が見つからずに聴けない」ということはありますが・・・)。

 しかし、協力医の先生はあまりに少なく、一部の協力医の先生方(殆どが臨床医として忙しく働かれている方々です)に大変なご負担をかけていることを常々大変心苦しく思っています。

 鑑定医については、裁判所が大学にお願いして紹介してもらうシステムを採用しているところもあり(たとえば東海地区の事件の場合北陸地区の大学に鑑定医を紹介してもらうというシステムとなりました)、befu先生のご指摘のようなことがあるかもしれません。

 ただ、弁護士が調査の際に非常に困ることには、「協力医の先生があまりに少ない」ということのほかにも、「協力医の先生方の意見が分かれる」ことがしばしばあるということです。

 おそらく専門家としての医師の見解が分かれるからこそ、裁判にもなることが多いのではないでしょうか。

 慎重をきすためにたくさんの協力医の先生から意見を頂いて、非常に意見が割れる場合もあり、一体どうしたものか、迷うこともあります。まさか多数決でというわけにはいきませんし、カンファレンス形式でというのはよい案だとは思いますが、お忙しい、しかも名前を伏せて協力医になって頂いている先生方に集まって頂くのはまず無理だと思います。

 結局、最終的にどの意見に従うのか、どの意見に一番合理性があるのか、ということを弁護士が依頼者と相談しつつ決めざるをえないのです。

 そこに医療の限界がある、グレーゾーンである、といわれるでしょうが、患者としては複数の医師が「問題有り」というご意見であるときに、なかなか諦め切れるものではありません。

 多くの医師の方に、公平、公正な立場で専門的意見を述べて頂きたいのはもちろんですが、こういう問題もあることもご理解頂きたいと思います。

 

投稿: M.T. | 2006年8月18日 (金) 21時22分

こんばんは
M.T.先生

お久しぶりです。協力医について、適確な御意見をありがとうございます。

ここで、少し語句の確認をしたいのですが、「鑑定医」はその事件について、裁判での証拠として使用できるように署名を施した鑑定結果を提出する医師。「協力医」は医療訴訟を考えている弁護士、患者さんにたいして事件に対する意見を匿名、署名入りを問わず提出する医師。としてよろしいでしょうか?
(時間がありましたら御返答いただけましたら幸いです。)

さて、『ただ、弁護士が調査の際に非常に困ることには、「協力医の先生があまりに少ない」ということのほかにも、「協力医の先生方の意見が分かれる」ことがしばしばあるということです。』とのことですが、確かにいろいろな御意見や感想が出てくるのはある程度は仕方がないことであるとも思っています。ここからは私見ですが、ある程度の臨床経験を積んでくると、むしろ「臨床の怖さ」というものを肌で感じてくるようになり、余程のことがなければ「自分であれば救うことができた」との感覚を持つことはないように思えます。(すいません「感覚」の論議で...)

そのように考えを進めると、やはり「臨床経験の豊富な臨床医が多く協力医になること」は、弁護士そして患者さんに返される意見の幅も少なくすることができるのではないか?と考えてしまいます。

投稿: befu | 2006年8月18日 (金) 22時19分

 管理人さん、M.T.さんこんにちは。

 根本的な問題として、患者さん側は医療側に訴訟で何を求めるのでしょうか。

 私が考えるのに
①真実の追究
②金銭的保証
③事故・過誤再発防止
④担当医の処罰

 でしょうか。

 患者さん側弁護士さんからみれば
>、「協力医の先生方の意見が分かれる」ことがしばしばあるということです。

 でしょうが、これは再三繰り返しますが医療の性質上、しかたあえません。むしろ意見が全会一致する可能性の方が非常に低いと思います。

 本来白黒つけれないものに対し、「法的に過失がないと保障する必要が無い。過失が無くても保障するのは医療と福祉の混同だ」→「白黒をつける裁判が必要だ(そこで医療は全く知らない司法の専門家が自分に都合の良い鑑定医の意見を提出し、医療を全く知らない判定者の司法的には正しい判定を受ける)」というのは本末転倒ではないのでしょうか。
 
  そもそも、専門家が意見の分かれることをどうして非専門家が判定できるのでしょうか。論理的に破綻していませんか。それともこれは司法的には正しいからよい、ということなのですか。結局現実的には、原告がかわいそうだから被害者救済で原告有利な判決をだしているように思います。
 
 
 現行の司法システムで、司法が満たしているのは②金銭的保証、④担当医の懲罰(これは金銭的損失+マスコミのセンセーショナルな一方的な報道による風評被害)だけだと思います。

 一番大事な①真実の追究や、③事故・過誤再発の防止に役立たないことは結論がついています。

 白黒つけられないのに、勝たなければ賠償金がでないシステムがおかしいのです。
 医療に関しては①真実の追究、と②金銭的保証を分けるべきではないのでしょうか。

 また、現代の医学では白黒つかないということをはっきりさせることは、無理やり医療側のミスによって亡くなったと思うより、ある意味患者さんの「人間の作為を超えたしかたのないこと」として受容を促進するのではありませんか。これはいくつかの患者さんの声を聞いて感じることです。

 今後激増することが容易に予想できる、司法的には正しいけど医療的には正しくない判決の高額賠償金+賠償金を払うことを想定していない安価な皆保険制度の破綻+医療職の逃散という代償をはらうのか、第三者機関+無過失保障制度で国家的に予算をつけるを作るのか、どちらが得か良く考えなくてはいけないと思います。

投稿: 医療って | 2006年8月18日 (金) 22時27分

こんばんは
医療って 先生

コメントありがとうございます。
「第三者機関+無過失保障制度」については、私見ですが将来的には日本でも導入すべきシステムであると考えています。拙ブログの中でも申し上げましたが、その本来の主旨は「患者さんの救済」にあると思うからです。ただ、現状の医療からすると、世論の了解も得て導入されるのはずいぶんと先のことになるものと思われます。

昨今の警察や検察の医療事故の扱いをみていますと、現状を何とか打破しなければ、どうにも医療者は生きてゆけないと感じてしまいます。そして、この喫緊の課題に対して我々医師が、いまこの場でできることは何か?と考えると、「公正な意見の書ける協力医を増やすことである」との結論に行き着きそうです...。

我々自身の身を不当な鑑定結果から守るためにも、多くの臨床経験豊富な協力医が増えてくれることを望む次第です。

投稿: befu | 2006年8月18日 (金) 23時06分

 鑑定医の問題は大きいですね。

 特に、基礎研究で地位は得たけど臨床は?の高名な方、実際に臨床には携わっていないけど発言力の大きい方、感情論を正義と信じて疑わない方など。

 モトケンさんのところの話によると、例え複数医師側の鑑定医の意見が出ても、一通の臨床に携わらないが地位の高い鑑定医の意見が採用されることもあるとか。

 トンデモ鑑定医を排除するのは難しいので、(こういうことをすれば、きっと医療側の庇い合いの体質といってまた無理解なマスコミに叩かれるでしょう)やはり審判者が医療素人であることをどうにかしなくてはいけないと思います。

 誰かが言っていましたが、サッカーの審判でさえ、サッカーをしたことのない人だと結構難しいみたいですね。まして医療では。。。。

 司法関係者は、それでも司法の決めたことが絶対正義だと思っているのでしょうけど。

投稿: 医療って | 2006年8月19日 (土) 00時24分

>「協力医の先生方の意見が分かれる」ことがしばしばあるということです。

この点は法曹関係者と医療関係者の常識のすり合わせをしておく必要があります。あくまでも私見ですが、法曹関係者は医学である事象の時、正解があるという前提で物事を考えておられるように感じます。

訴訟に於てはその答えどおりの事を被告がしていたかどうかのシロクロをつけたいとの発想かとも存じます。答えを見つけるために鑑定医ないし協力医に答えを求めたいと考えています。

医学でも答えがあることはあります。ごく簡単な例を挙げますと、下痢の時に下剤を投与して病状を悪化させたとなれば、答えは下痢止めを投与するのが正解で下剤を投与したのが不正解となります。

こんな調子ですべての事象を説明できるかといわれれば、答えはNoです。それほど医学は完成された科学ではありません。

もう一つ訴訟に於ての物事の考え方の基本は、結果から原因を推測していくのが大原則かと思います。医療訴訟ならある障害が生じた、その障害は診断治療過程のある部分に起因している、それを引き起こした責任者は誰だとの組み立てです。

医療者も治療後にそういう組み立てで症例を検討する事があります。ある病気に対してAという治療法と、Bという治療法を行なって成績を比較するなんてのはポピュラーな方法です。

ただし医療訴訟に於ては医者はそういう目で物事を考えません。結果からではなく、入口から医療を検討します。医療に必要な情報は小出しに医者に入ってきます。殆んどの場合、最初からすべての病気の情報を入手して治療に当たれるわけではないのです。

結果的に思わしくない結果に終わった判断や治療であっても、その治療を選択した時点でその治療法や判断が医学的に妥当であるかを問題にします。

選択した時点の妥当性の評価は多岐に渡ります。幾つか上げると、その時点で得られている情報で考えている病状判断は妥当であるかどうか。他の判断を考える妥当性や、他の判断を行なうための時間があったかどうかも重要です。

ここで言っておきますが、他の判断は挙げるだけなら無数といって良いぐらい挙げられます。分かりやすい例を挙げておけば、インフルエンザで高熱があり頭痛があった場合に、もっとも一般的な判断は高熱のための頭痛です。医者ならまずそれを考えます。もう一歩広げてインフルエンザ脳炎・脳症まで疑えば十分かと私は思います。

ところが可能性だけ挙げるのなら、脳出血を起しているかもしれませんし、脳腫瘍かもしれません。他の癌の脳転移の可能性もあります。もちろんそう言う事を十分疑うに足る情報があれば、それらの他の判断への検査を行うのは必要です。そんな情報が無い場合にはそういう他の判断を見逃しても医学的には問題無しと考えます。

訴訟になるようなもう少し複雑なケースとなると、判断の妥当性の解釈はかなり微妙な物になります。バリバリの最前線臨床医でもその手法は経験してきた環境でかなり異なります。ある特定の状態に於ても「オレなら疑う」医者もいれば、「オレなら疑わない」医者もいます。

ここで誤解して欲しくないのは「オレなら疑う」医者のほうが必ずしも能力が高いわけではないのです。なんでもかんでも疑うような医者は、無闇と検査をしまくり、データばかりをうず高く積み上げ、それでいて一向に診断も付かず、治療も始まらないヤブとして軽蔑されます。

疑うための妥当性の見切りを瞬時にクリアにする医者のほうが能力が高いとされています。だからギリギリの判断としての妥当性の余地の持ち方は、医者によりミリ刻みで変わり、数ミリの違いが「疑う」「疑わない」の見解の差になります。

それでもってその数ミリの差は埋められるかといえば、正直言って大変難しいと思います。医者はその数ミリの差に自負とプライドのすべてをかけていますから、妥協するなんて事はなかなか考えられません。

でもこれは医者だけの特殊事情とは思えないものです。法曹関係者でも法解釈に多様な意見が出てくることがあるはずです。憲法の解釈なんかでもしばしば激論となり、これはたとえ最高裁の判断が下されても納得せずに持論を主張する法学者はいたかと記憶しています。

医療判断もそれに近いと思っていただければ、意見が割れるのも御理解いただけるかと存じます。

投稿: Yosyan | 2006年8月19日 (土) 15時16分

こんばんは
医療って 先生

コメントありがとうございました。

鑑定医の問題は大きく...
<モトケンさんのところの話によると、例え複数医師側の鑑定医の意見が出ても、一通の臨床に携わらないが地位の高い鑑定医の意見が採用されることもあるとか。
との御意見のごとく、我々一般臨床に携わるものの意見は捨てられてしまうかもしれません。

その事案に関係した鑑定医や鑑定内容について継続的に監視できる状態であれば、トンでも鑑定は少なくなるとも考えますが、刑法上の守秘義務の問題もあり、一般に公開するようなことは難しい様ですね...

ただ、民事訴訟の場合は患者側弁護士と患者さんが医療側を訴えることになりますが、訴える訴えないは匿名でも意見を寄せることができる協力医の意見によることが前提となるようです。(弁護士さんも仕事ですので、勝てない訴訟は引き受けないでしょう...)この、協力医の部分である程度公正な意見を書ける臨床医が増えればどうでしょうか?少しは訴訟に至る率を下げることが可能となるのではないかと...少し甘いかもしれませんが考えます。

ただ、問題は刑事訴訟に至る場合に鑑定する医師でしょうね...これもモトケン先生の言ですが、検察の方々はテリトリー以外では非常に権威に弱く、頼る傾向が強い。とのことです。鑑定医は高名な◯◯教授などのそうそうたるメンバーでしょうね....当然、一般臨床のレベルとは乖離した結果が返ってくることになりますし、これを我々は阻止できない。ということになります。

投稿: befu | 2006年8月19日 (土) 21時47分

こんばんは
Yosyan先生

いつもコメントありがとうございます。

<ここで誤解して欲しくないのは「オレなら疑う」医者のほうが必ずしも能力が高いわけではないのです。なんでもかんでも疑うような医者は、無闇と検査をしまくり、データばかりをうず高く積み上げ、それでいて一向に診断も付かず、治療も始まらないヤブとして軽蔑されます。

なかなか、鋭くわかりやすい説明ですね。臨床経験は、正しい診断に行き着くまでの時間や労力、そしてコストを削減していきます。そして、いかに素早く、適確に診断に行き着いて、治療を開始できるか?これが、名医の条件の一つと考えます。
しかし、そういった経験を積み重ねても100%は医療にはありません。患者さんは十人十色で、同じ病気でも全てが同じ症状、身体所見、検査結果というわけではないですね...。
同じ患者さんを同じ条件で100人の医師に診せて、そのうち99人が正確な診断に至り、適切な治療を施すことができた。というものについては、適切な診断を付けれない、適切な治療に結びつけることができないならば、罪に問われるのは仕方がないことでしょう。
しかし、反対に同じ条件で100人の医師に診せて1人しか最終的に適切な治療を施すことができなかったものについては、罪に問うべきではないでしょうね。

でも、レトロスペクティブにみると、後者の場合でも「自分なら適切に処置できた」といわれるスーパードクターが出てくるような気がしますね、今の世の中では....

投稿: befu | 2006年8月19日 (土) 22時10分

>「現在の医療訴訟に大きく影響するのは事故を鑑定する鑑定医や協力医である。」

この鑑定医や協力医というのが、あんまりよくわからないんですが、私。
どうやら記事を見る限り、一般の臨床医ではなくて、それ専門にやっている、いまいちな先生のようですね(笑)

確かに、大学病院に鑑定をお願いする、とか。
そういうシステムが必要でしょうね。
さすがに、個人の臨床医に個別にお願いするのは、難しいでしょうから。

投稿: Dr. I | 2006年8月20日 (日) 07時58分

こんばんは
Dr.I 先生

コメントありがとうございました。

鑑定医や協力医は理想的には、Dr.I 先生のような臨床をしっかりとやられてきた先生がなられるのがよいものと思っています。
しかし、臨床医はとにかく忙しいので、第一線の方々は協力医にはなられないという事情もあると考えています。^ ^

投稿: befu | 2006年8月20日 (日) 22時24分

befu先生のところの議論に啓発されてエントリーしましたのでTBさせて頂きます。内容は久しぶりに「学会を作ろう」的なものですが、この程度は触れても支障はないでしょう。

投稿: Yosyan | 2006年8月21日 (月) 16時54分

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