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2006年8月15日 (火)

医療崩壊に対する対策2

2006年8月15日 晴れ
昨日に引き続き、このタイトルでの記事です。
元検弁護士のつぶやき:医療崩壊に対する制度論的対策についてでは、活発な論議が繰り広げられています。

昨日の記事の中で、検察の方々について少し苦言を呈させていただきました。内容は以下に示しますが....
『医療を勉強したことのない方、そして臨床の経験のない方には、恐らく「医療は100%でない」「医療の不確実性」ということは、頭ではわかっていても、心底理解されるということは難しいと考えます。今回の不当逮捕においても、本当に現場のことを理解して逮捕に踏み切ったのか?理解しがたいところがあります。』

考えてみれば、検察の方々は法律のプロであって、医療には当然、門外漢です。そして、臨床経験が豊富なヒトはほとんど皆無といっていいのではないかと思います。そこで、医療事故がおこったとき「これが果たして医療過誤なのかどうか?」を判断するには、しかるべきところに諮問すると思います。諮問する先は、鑑定医といわれる医師です。この鑑定医先生が「これは過誤であって、起訴すべきである」とすれば、検察の方々は準備を進めるのだと考えます。
そうすると、現在の状況の中で不当な扱いを受けている医師が増えているとすれば、その責任は鑑定医にあるのではないかといえます。恐らく鑑定を依頼される医師は、◯●大学の×◎科学教授や名誉教授などとそうそうたるメンバーであるのではないのか?とも考えていますが、一般の臨床たたき上げの医師とは明らかに意見の相違が生じそうです。大学は本来研究を主にやってきた組織であり、臨床をバリバリやっているというより、一般の臨床医がやらない最先端の医療を施すといったところではないか?と考えます。一般的な病気を数多く診ているのは大学にいる医師ではなく、一般の臨床医です。そして、一般的な臨床の感覚をもっているのは、一般の臨床医です。
鑑定が一般の臨床医でなされたときと、立派な大学教授でなされたときとの間に、自ずと違いが出るのではないか?これは、以上のことからすると容易に推察されることです。現在の日本では風土のせいもあるとは思いますが、鑑定医や匿名での意見を寄せる協力医が不足している様です。臨床をバリバリやっている、第一線の臨床医が多くこれらの鑑定医や協力医に参加することができれば、これらの問題は緩和できるでしょう。(もちろん、一般の臨床医のうち多くは協力医や鑑定医を受けるほどの時間的余裕がないものとは思いますが....)

将来的には現在の鑑定医や協力医を集めて、更に人数を拡大し、一つの科の一つの事件に対してその専門医の10人程度の意見を聞くことができるような組織になり、それを発展させて医療事故を検証する第3者機関となれば良いのではないかとも考えます。それを実現するには医療事故を検証する医師がもっともっと多く必要です。

話はちょっとそれますが、聞いた範囲での話では協力医はいろいろな形での参加ができる様です。法廷で有効となる鑑定には鑑定人の自署が必要ですが、その他の意見書には必要ない様です。そして、これら意見書には法的な拘束力はなく、弁護士などが訴訟を起こすかどうか?を見極めるツールとなるようです。ここで、中立な意見(医療者側にとっても公平なものです)を提出するといった地道な努力を積んでいけば、不当な逮捕や不当と感じられる判決、そして、医療訴訟自体を減らすことができるのではないか?とも考えます。

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コメント

司法判断の為に鑑定医や協力医を増やす御提案、もっとも至極だと思います。医療訴訟において医師を震撼させる判決が出る要因として、トンデモ裁判官の存在もありますが、医療側にもトンデモ鑑定医の独走も上げられるからです。

司法に対す医師側の萎縮は著しく、触れる事さえ忌み嫌う風が出ているように思います。もちろんそんな鑑定作業にノンビリ従事してられない勤務環境もあります。

そんな中で鑑定、協力に名乗り出る医者の質が好ましいものでないのは、医者ではかなり常識化しています。「やれるものなら、やってみろ」の内容の鑑定書を麗々しく書かれ、これを基に驚愕の判例が積み重なる現実です。

そういう意味で先生の御提案は秀逸かと存じます。秀逸ですがもう一歩踏み込んでも良いかと存じます。医師側の願いとしてこの鑑定経過と根拠をできるだけオープンにして欲しいところです。

ここの過程が密室協議である限り、医師側に有利な鑑定であるなら患者が不満を持ち、患者側に有利なら医師が不満を抱えます。つまりどちらに転んでも「信用できない」の烙印を押される可能性があります。

とくに患者側にはマスコミが容易に乗っかりますので、集中砲火で葬り去られる可能性さえ危惧します。

心配症が過ぎますかネ。

投稿: Yosyan | 2006年8月16日 (水) 10時38分

こんばんは
Yosyan先生

心配症が過ぎることはないと思います。

<ここの過程が密室協議である限り、医師側に有利な鑑定であるなら患者が不満を持ち、患者側に有利なら医師が不満を抱えます。

その通りであるとおもいました。何らかの方法で、一般の方々がその情報にアクセスできるようにするべきです。ただ、残念ながら方法論までは思いつきませんが...^ ^;

投稿: befu | 2006年8月16日 (水) 21時04分

 お邪魔します。
 「元検弁護士のつぶやき」の管理人です。
 

>恐らく鑑定を依頼される医師は、◯●大学の×◎科学教授や名誉教授などとそうそうたるメンバーであるのではないのか?とも考えていますが、

 これは当たっていると思います。
 法律家というものは、他の専門分野についてはかなり権威に弱いです。
 というか権威を頼る傾向があると言ってもいいと思います。
 つまり、医療過誤問題については権威のある(ありそうな、または、あるように見える)医師の見解を重視することになります。
 医学または医療に無知な検察官としては権威しか判断基準がないとも言えます。
 また、これは本来客観義務を負っている検察官としてはとてもまずいことなのですが、被疑者寄りの意見は信用しない傾向があります。
 私も年を取ったせいか、最近の若い検事には特にその傾向が感じられます。

 臨床の場での過失の有無・程度は臨床の実情・実態を前提にして判断すべきであるのに、ご指摘のように臨床と乖離した「権威のある」判断を示された場合は、検察の判断が単に臨床の感覚とずれるだけでなく、誤った、つまり過失を否定すべきであるのに肯定する判断をしてしまう蓋然性が高くなってしまいます。

 とりあえずこれに対する対処としては、被疑者の立場に立たされた医師を応援するために、極めて多忙とは思いますが、多くの臨床医が意見書を作成して検察に提出することが考えられます。
 しかし多くの意見書が集まったとしても、上述の理由により1通の名誉教授の肩書きのある鑑定書には負けるかもしれません。

 元検の立場としては、現役の検察官が現場の声に耳を傾ける謙虚さと自らの判断の影響力を洞察する視野の広さを持つことを祈っております。

投稿: モトケン | 2006年8月16日 (水) 23時57分

こんばんは
モトケン先生

ようこそいらっしゃいました。

検察の方と鑑定医の関係。分かりやすく御説明いただきありがとうございました。私の今の感覚とそう乖離しているものではないようですね。
そして、現状の不当とも思える、逮捕、起訴は、その部分が多く影響しているとも考えます。

無過失補償制度、刑事免責などは非常に優れた制度と考えますが...実現にはかなりの時間がかかります。現状を打破する一つの手がかりとなるのは、普遍的な一般臨床医の協力医を増やし医療の実情に即した意見を集約することだと思います。

そのためには、臨床医が参加しやすい制度、システムを作っていかなければならないと思います。現状での協力医不足は何に起因するのでしょうか?記事にして問いかけたいと思います。

コメントありがとうございました。

投稿: befu | 2006年8月17日 (木) 17時48分

医療崩壊ー地域医療の崩壊は、今国民的な関心になっていると思いますが、わたしの知人の開業医の先生が最近、このテーマで執筆されています。
この本によると、その崩壊の主な責任は、医療行政の問題にあると指摘しています。つまり、医療費など年間2200億円削減のしわ寄せを、地域の医療現場に押しつけているとのことです。
このような、一開業の方々を含めて、現場の医療関係者から様々な議論が巻き起こってくることを期待したいところです。
『医は仁術か算術か―田舎医者モノ申す』(定塚甫著・社会批評社・1500円)
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/80-9.htm

投稿: 堀口舞 | 2008年10月 4日 (土) 15時47分

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