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2006年7月30日 (日)

乳児における終末期医療

本日、2つ目の記事です。

先ほど、新聞をみると第一面にこのような記事が...

赤ちゃんの延命治療中止 淀川キリスト教病院(共同通信)

『大阪市の淀川キリスト教病院が2005年までの7年間に、治る見込みがない重い病気で死期が迫った赤ちゃん8人について、「あと1、2時間以内」と判断した時点で両親の希望を受けすべての延命治療を中止していたことが29日、病院のまとめで分かった。
 親が赤ちゃんを抱っこして安らかな最期を迎えられるようにするためで、同病院の船戸正久小児科部長は「治療よりケアを重視し、親と一緒に過ごす時間を最大限、大切にすることを『看取(みと)りの医療』と考えている。赤ちゃんにとって一番よい選択を両親と話し合うことが大切」としている。
 赤ちゃんの終末期医療をめぐっては、本人の意思確認ができず治療中止は難しいとの指摘がある一方で、過剰な延命治療を見直す動きも広がっている。』

生まれたての赤ちゃんには意思を表示することはできません。そして、重篤な先天異常をかかえた児にはさらに、難しいといえます。現在のこれほどまでに進歩した日本の新生児医療をもってしても、救命できない新生児の一群があります。それは、先天異常とされる群で、染色体異常症の一部、無脳症などの脳形成異常、Potter症候群といわれる先天的に(機能する)腎臓が形成されず、羊水が過少となり肺の成熟が得られない群、先天性横隔膜ヘルニアといってお腹と胸を分けている筋肉の膜(横隔膜)が一部破れていてお腹の臓器が胸に入り、そのため肺の低形成を来す群などが含まれます。

そういった新生児はいろいろな手を尽くしても、救命することが難しく...治療の過程で死期がおおよそ予想できることもあります。その場合に、その児の両親は何を望んでいるか?が問題です。恐らく、「死ぬまでに一度でいいから、この胸に抱いてあげたい」と考える方は多いのではないか?(私見です)と考えます。老若男女を問わず、人間にとって辛い人工呼吸のチューブを入れたまま抱かせてあげるのか?状態は厳しいけどチューブを抜いた楽な状態で抱かせてあげるのか?これは、人間としての「優しさ」の問題となると思います。

もちろん、最低レベルの必要条件があります。この児が、手を尽くしても助からない児であること、そして、死期をある程度正確に予測できること、両親がその状態を充分理解でき、肌で感じていること等だと思います。

ここまで書いてきましたが、重大な問題が横たわっています。日本の法制度の中では、尊厳死は法的に擁護されないということです。現状が続くならば、この問題は将来にわたって「家族の気持ちにこたえようと頑張った医師」の逮捕やマスコミによる虐待を生み続けるでしょう。

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コメント

terminalの問題は重すぎて、自分のブログにもまだ取り上げることができません。

まず言える事は百人のterminalがあれば百通りの希望があると言うことです。こういう場合は絶対こうであると言う正解は無いということです。

患者の希望、家族の希望、場合によっては親族の希望なんてものまでが飛び出します。小児科では両親を納得させても祖父母が異論を唱える構図にもしばしば出くわします。

医者側から言えばあまりにも不確実性の要素の多い出来事とも言えます。これはもう手の施しようがない状態であることぐらいは容易に判断できます。その時点でどうするかの判断となります。

露骨に言えば延ばすためだけの延命医療をどこまでするかです。当然家族の希望となりますが、これが大変難しいことが多々あります。

希望を聞いたつもりで延命医療を打ち切った時点から、怖ろしいことに医者の生殺与奪は家族が握る構図があります。

もちろん家族も十分納得していればなんの問題もありませんが、時に後だしジャンケンの様に「あそこで打ち切るのに合意していなかった」と訴えることはいつでも可能だからです。

訴えられれば後は裁判官の胸一つです。ここにマスコミでも加担されたら、どんな事になるか想像するだに怖ろしいことです。

現在の日本の文化背景では死に対する受容が非常に弱いところがあります。現在のように医療訴訟が、医者から見ればあの程度のことで告訴され、なおかつ無残に敗訴する実例をこうも見せられては、なんともコメントがしにくいと思っています。

投稿: Yosyan | 2006年7月31日 (月) 20時44分

こんばんは
Yosyan先生

コメントありがとうございます。

<まず言える事は百人のterminalがあれば百通りの希望があると言うことです。こういう場合は絶対こうであると言う正解は無いということです

そうですね、「トコトン」から「もうこんなキツいことはいいじゃない」という考え方まで、多種多様です。そして、家族の中にも考え方のバラツキがあると思います。

ここ数年の間に、尊厳死に関してマスコミ上でかくも何度も議論されるのはなぜでしょうか?医療の現場では、恐らく必要とされていることなのに、実際には社会的に認知されていない。法的に擁護する基準さえ決まっていないということなのでしょう。(判例ではありますが...実際は機能していないと思われます。)

そして、その状況を生んでいるのは...まさに先生のいわれる....

<現在の日本の文化背景では死に対する受容が非常に弱いところがあります。

ということなのだと思います。

投稿: befu | 2006年7月31日 (月) 22時00分

befuさん,Trackbackありがとうございます.
生死の問題は,国民が宗教的にどう洗脳されているか,はたまた全くその点には初心だったりとCase by caseです.
老母の延命治療を中止するよう息子夫婦と話し合って決めていても,遠くにいた大学生の孫が,帰って来て,口を挟んで有耶無耶になってしまうこともあります.途中経過を共有できていない人が,突然現れるとえてしてややこしい事になります.
医療側は,余り誘導せずに患者側に選択肢を与えるのが無難ですね.ただ,経験的には,患者本人が選択できない場合は,家族には,家族としてでなく,自分が延命される立場だとして,何を望むか一晩よく考えていただくようすると,金銭などの利害が絡まない場合は,延命を望まれる場合は少ないように思います.

投稿: FIREBIRD | 2006年8月 4日 (金) 14時00分

こんばんは
コメントありがとうございます。

<ただ,経験的には,患者本人が選択できない場合は,家族には,家族としてでなく,自分が延命される立場だとして,何を望むか一晩よく考えていただくようすると,金銭などの利害が絡まない場合は,延命を望まれる場合は少ないように思います.

家族の希望を最優先にすること、そして、家族にはよくよくinformすることでしょうか...。トラブルを少なくするには...。

投稿: befu | 2006年8月 4日 (金) 23時57分

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