« 産科施設の減少 | トップページ | 少子化の進行 »

2006年6月 2日 (金)

医療界と法曹界の間の深い溝2

2006年6月2日 雨のち晴れ
当直明けです。年齢が進んでくると、当直の36時間勤務が少し体にこたえるようになります。

さて、いつもお邪魔させていただいている弁護士さんのブログ弁護士のため息で白熱した意見の交換が行われています。実際にあったと思われる医療訴訟事例をモディファイして呈示し、読者に答えを求めています。この中で、医師の方々からはかなり厳しい意見も書き込まれています。耳が痛くなる事もありますが、一つ一つが臨床医の真意から出てきているものであると感じられます。また、ブログの管理人さんは一つ一つのコメントに対し誠実に返答されており、その人柄がしのばれます。

しかし、この中で「医療界と法曹界との間には決定的な深い溝があり、お互いに理解しえないものである。」と感じました。医療者は法曹界の方々の法律的な考え方をよく理解できません。また、法曹界の方々は、臨床の経験に基づいた医師の意見をどうしても理解できない様です。お互いに、その世界のプロフェッショナルであり、お互いの世界の物事を評価する尺度が違うためであるのではないかと考えます。

「このような医療界と法曹界の間の深い溝を放置していてはいけない。草の根の運動でもいいから、お互いに少しでも理解しあえるように努力していかなくてはならない。」と、強く感じました。弁護士さんのブログには医療者が多く集まっています。これも、一つの草の根の運動です。弁護士のため息の管理人さんは「協力医がいない」と訴えていますが、『どちらかに与するものではなく、あくまで中立で、なおかつ臨床経験から医療の経過を洞察し、参考となる意見を寄せる』(でも、臨床経験豊かであればあるほど、医療側に意見が傾くと思いますが...)ような「参考医」が増える事も大事なのではないか?と考えます。

こういった、サイバースペースだけでなく、面と向かって参考となる意見を言える事も必要なのではないか?とも考えています。

尚、拙ブログ:医療界と法曹界の間の深い溝も時間が余りましたら御参照ください。

|

« 産科施設の減少 | トップページ | 少子化の進行 »

コメント

「弁護士のため息」のM.Tです。
 トラックバックありがとうございました。

ー『どちらかに与するものではなく、あくまで中立で、なおかつ臨床経験から医療の経過を洞察し、参考となる意見を寄せる』(でも、臨床経験豊かであればあるほど、医療側に意見が傾くと思いますが...)ような「参考医」が増える事も大事なのではないか?と考えます。ー

 というご提案ありがとうございます。

 そこで、ちょっとこの場をお借りして本音を書かせて頂きます。

 患者側の弁護士に頼まれて意見を述べると、「医療過誤訴訟が増える」と誤解されている方もみえるようです。

 私のブログにコメントを寄せられておられる医師の方々の多くが誠実で自身の医療行為に誇りを持っておられると感じました。たぶん、それで、今の検察、マスコミ等に憤りを感じておられるのだと思います。

 こういう自身の医療行為に自信と誇りを持っておられる方が協力医になられると意外に(医療事故を起こした)医師に厳しい意見を述べられることが多いのですよ。
 患者側弁護士が医療過誤かと疑う事件の大半が、やるべきことがなされていない、不作為型(いわば怠慢による)事故、つまりレベルが低い医療行為による事故です。ですから、レベルの高い医師からは許せないということになるようです。

 私の経験した事例でいいますと、産婦人科事案で他の弁護士がA協力医の意見書(有責性を強く打ち出したもの)をもらい訴訟を検討中でした。私は共同受任の打診を受けました。それで、カルテや意見書を検討したところ、「問題はあるにせよ、こんなんで勝てるのか。」という疑問を持ちました。A協力医の意見についても「ここまで断定できるのか」という疑問がありました。
 そこで、B協力医にも意見を求めることにしました。そしてB協力医も私が予想した通りの指摘をされました(主にNSTの記録の読み方が問題となった事例です)。
 それで、勝訴の見込みが薄いということで、依頼者らにも説明し(本当に納得してくれたかどうかは疑問ではありますが)、私たちは受任しないことにしました。その後、元依頼者らが他の弁護士のところに行ったかどうかは知りませんが。

 勝訴の見込みの薄い事件は、弁護士も引き受けたくないし(はっきり言って採算があいません)、患者側も医師側も不幸なことになります。

 患者さんが「絶対納得できない」と言われ、私も「微妙だなあ。これは立証が難しい、裁判になったとき勝訴できるか分からない。費用もかかるしよく考えた方がいい。」というケースがあるとします。しかし、患者さんは弁護士の言うことなど100%信じるわけではありません。
 それで、専門の協力医の意見を聞くことになります(正直、協力医も難しいという意見を書くと思って、そうすれば依頼者も納得するだろうと思って)。ところが、協力医がまた予想とは違って医療ミスを非常に疑わせる意見書を書かれるわけですよ。患者としては「それみたことか。」となります。弁護士も断る口実がなくなります。本当は、もう一人か二人他の協力医の意見も聞きたいのですが、その科には他に「協力医がいない」のです。

 これは後医の場合も同じで、私の書いた記事とは逆に患者に「これは前医の治療行為にこれこれしかじかの問題があった可能性が高い」と結構具体的に患者に述べられる方もおられます。それで、患者は弁護士に相談にきます。
 しかし、協力医はなかなか見つからないし、謝礼金の工面も大変なので、「後医がそこまで言われるのなら後医が言われたことを書面にしてもらってほしい。そうすれば証拠としての価値がある。」と患者に言います。しかし、後医は「書面はちょっと」と言って、結局お茶をにごされます。

 また、更に患者が自分で知り合いを介して医師に意見をもらってくることがあります。その医師がやはり厳しい意見を言うと、患者はやっぱり医療事故だったんだということになります。しかし、その医師に「意見を書面にしてほしい。患者への話だけでは判断された根拠が分からない。」と頼んでも「それはちょっと」ということになります。
 
 患者には「疑念」だけが残ります。
 しかし、その疑念を晴らすにも「協力医がいない」のです。

 患者側弁護士は、何も訴訟を起こすためだけに協力医が必要と思っているわけではないのです。

 たまには、私も他の方のブログでぐちをこぼさせて頂いてもいいと思います(他人のブログだと本音が言いやすいということがよく分かりました)。
 長文お許し下さい。
 

投稿: M.T. | 2006年6月 3日 (土) 11時07分

こんばんは
M.T.さま

コメントありがとうございました。
いろいろと御苦労がある様ですね...協力医については、「これはどうみたってミスだろ」という事案の意見を書くのは大変だな...ということもわかりました。

それぞれの世界でそれぞれの苦労があることを、お互いに認め合えれば、もう少し楽になるのだろうとも思います。

『協力医』とまでのことはできるかどうか?わかりませんが...ちょっとした疑問などについては、お答えすることができるかもしれませんので、連絡していただければ幸いです。
(連絡方法は後日お伝えします。)

投稿: befu | 2006年6月 3日 (土) 21時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101068/10366180

この記事へのトラックバック一覧です: 医療界と法曹界の間の深い溝2:

« 産科施設の減少 | トップページ | 少子化の進行 »