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2006年6月 6日 (火)

尊厳死の研修会(富山)

2006年6月6日 晴れ
最近は病気ネタを投下していません...そろそろ、病気ネタを...と思っていますがなかなかできません(悲)。

さて、このブログで取り上げているカテゴリーの一つ尊厳死に関して、射水市民病院のある富山で研修会が開かれた様です。→富山新聞:射水の「安楽死」疑惑は「容認しうるケース」 県と医師会の研修会で岡山大教授が見解

その中で『粟屋教授は、東海大医学部附属病院、川崎協同病院事件の判例などを説明。射水市民病 院の犯罪性について、過去の判例を基準にした場合、家族から得た延命治療中止の同意が 単なる希望なら、違法性は退けられないとし、家族の同意の中に患者の真意が推定できる 必要性を指摘した。

 その上で倫理的に見た場合「無駄な延命を避けるのは正当ではない。しかし家族の同意 を得ており、医師の目的や動機は容認しうるものではないか」と述べた。』

少し、誤解を招きそうな表現です。「無駄な延命を避ける」ということは、人工呼吸器を止めると亡くなる可能性のある患者さんに対して人工呼吸を止めるというレベルのことか?ガン末期で、人工呼吸を行ってもある程度の期間延命できるのみと考えられる患者さんに対して気管内挿管し人工呼吸器につなぐのを止め、見守るだけにすることまで入るのか?この文章からは、どちらも当てはまるととられかねません。正確な表現が必要です。

今回の尊厳死事件は、報道の様子からみて恐らく家族との間に意思の疎通が十分とれていたと感じています。本人の意思はどうか?ということになりますが、一部には十分伝わっていたと思われるものもある様です。

自分がガン末期でもう助からない状態のときを考えると、気管内にチューブを入れられるのは、ちょっとゴメンこうむりたいものです。すこし早めに楽にしてくれてもいいのかな?と今はそう感じています。

医療の現場では、現行の法律上はマズいことではあるが、患者さんのためにしてあげたいと思う事が、いくつもあります。

『「医療の倫理」をテーマにした藤野教授は、インフォームド・コンセント(十分な説明 と同意)の考え方などを話し「終末期医療では、治療で健康を目指す視点から、より良く 生きるための医学にシフトすることが求められる」と指摘した。』

こういった、観点でものを見れるようになるとよいのですが.....

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コメント

白神です。

我が子はまさに「もう助からない状態」になりました。子供にとって辛くて、痛い、入院が長く続きました。今は自宅で寝泊まりしています。遅からずここで取上げられているような事態に直面致します。私の決意は「もう、絶対に、絶対に、痛い、辛い、苦しい、その様な思いはさせはしない」です。例え、命を縮めようが、です。「一日でも長く」といったマスコミのキャッチコピーの様な考え方はしていません。ずっと病院に長く付き添ったご家族であれば同じ様な心境に到達するのではと思っています。

投稿: 白神 | 2006年6月 7日 (水) 14時24分

白神さま

ここに至れば、医療は無力ですね...

275日の入院、180日の無菌室での生活、そして、3回の血液幹細胞移植はもみじくん、そして白神さま及び家族の方々にさぞ長く、辛い生活を強いたことでしょう。

DLIのこと、家庭に帰る事。主治医の先生と充分にお話をして決められたことと思います。大きな決断でしたね。家族での大事な時間を、大切にお過ごしください。

今の私にできることは祈る事しかありません。
「どうか、もみじくんと白神さま、家族の方々の安らかな日々が続きますように...」と。

投稿: befu | 2006年6月 7日 (水) 22時15分

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