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2006年5月20日 (土)

すごい記事(続き)

本日未明に公開した記事の続きです。
拙ブログ:すごい記事のコメントに、産科でのこのような状況はどの程度の頻度であるのか?を質問する方がおられましたので、少しまとめてみたいと思います。

はじめに、私は小児科医で新生児科と産婦人科は初期研修の折に、少し修行しておりますが、以後それを生業としておりませんし、臨床経験があるものではありません。ここで、お話しする内容については、一般的に文献などで示されている範囲のものですので、その部分を御考慮の上、御参照いただけましたら幸いです。

まず、この患者さんの状態を検討します。

『当直帯への移行と同時に外線あり。「産褥婦(注1)!!子宮からの出血が止まらず搬送をお願いします。」』
とのことですので、お産の終わった患者さん(母体)で子宮からの出血が止まらない状態です。特に産科では、産後の出血が止まらない状態は重篤で、母体死亡につながりかねない急を要する状態であると思われます。

(注1)産褥婦:お産を済ました後の妊婦さん。

ここで、産科領域での出血に関する疾患を考えると....
前置胎盤、常位胎盤早期剥離、子宮外妊娠、頚管裂傷、子宮破裂、弛緩出血などがあります。この事例を考えると、「胎児娩出後(つまり新生児は出生している)で、子宮からの出血が止まらない状態です。」そうすると、頚管裂傷や子宮破裂、弛緩出血などが考えられるのではないかと思います。

また、『教授「解剖学的位置がわからないなぁ。子宮が弛緩しちゃって…。慎重にいくぞ。」』とのことですので、子宮は弛緩しており弛緩出血が関与していると考えられます。しかし、続いて『「あ!!ここだ!ここが裂けてる!」』との記述があり、開腹した状態での所見から考えると、恐らく子宮破裂(それも完全子宮破裂)であったのではないかと示唆されます。

ということで、このブログの記述から考えられる患者さんの状態は、1.子宮破裂、2.弛緩出血の要素も伴っているということでしょうか?

続いて、子宮破裂の頻度ですが...これには日本産婦人科学会誌第51巻5号 N-123〜を参照させていただきます。

その中で『子宮破裂 定義:妊娠又は分娩中に起こる子宮裂傷をいい,裂傷の程度により子宮内腔と腹腔が交
通する完全子宮破裂と,子宮筋層のみに止まる不全子宮破裂に分類される.
頻度:約3,000分娩に 1例
病因:帝王切開術や子宮筋腫核出術後の瘢痕子宮破裂が多い.破裂は既往手術瘢痕部に多く,特に側壁の子宮縦径,斜径に沿って発生する.
臨床症状:破裂部位や程度により異なるが,病的収縮輪の出現,破裂部位での激痛,陣痛の停止,胎児心拍の減少ないし消失,先進部の後退などがみられる.
診断:上記症状を認めればこれを疑う.CTG上,胎児仮死や子宮収縮の欠如が確認される.
治療:緊急開腹手術(帝王切開術,子宮全摘術,内腸骨動脈の結紮) 〈分娩直後の出血〉分娩時500ml 以上の出血は異常出血として扱う.弛緩出血,子宮内反症,産道裂傷,癒着胎盤,胎盤遺残などがある.』

分娩3000例に1例という比較的稀な疾患であると思われます。通常の合併症を伴わない妊娠を扱っている産科施設で、年間300例分娩があったとすると約10年に一度の頻度と思われますが、舞台は大学病院で緊急手術を相当数あつかっている様子ですので、このような患者さんは非常に濃縮されてくると思います。仮に10倍に濃縮されたとして1年に1回『子宮破裂』の患者さんが来るという事になります。(あくまで仮定上の話ですが、舞台となった大学病院が年間300例の分娩を扱う施設を10個関連病院として持っていたならば、単純に計算すると「10倍に濃縮される」と考えられます。)

更に分娩の経過上、非常に怖いとされる『常位胎盤早期剥離』は全分娩の約0.9%に起こるとされています。→参考サイト
これは約1%ということなり年間300例の施設で年間3例程度経験する事になります。更に前述の10倍の濃縮が起これば年間30例ほどあるような状態となります。

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これから先は自分の経験の話ですが、私が数年前に勤務していた病院には産科が併設されていました。(もちろん1人医長でした...(悲))年間100例程度の分娩でしたが、出産があると必ず小児科医として付き添っていました。ある日、ある妊婦さんが胎児仮死徴候(注2)があるとのことで緊急で帝王切開となりました。帝切決断から30分以内には児は娩出されていたと思いますが、新生児の状態を表すApgar score(注3)は1分の値で1点と非常に厳しい新生児仮死の状態でした。何とか新生児を蘇生してNICU(新生児集中治療室)のある病院に送り届け、脳性麻痺などにならずに経過しました。
この時の原因はやはり常位胎盤早期剥離だったのですが、発見が早かったので母体もそこまで影響を受けずに済みました。しかし、同じ病院で過去には新生児死亡の例もあり、その時は「たまたまラッキーであった」と思わずにはいれません。
(注2)胎児仮死徴候:超音波を用いて胎児の心音と子宮の収縮を同時に記録する分娩監視装置を使用した所見で、胎児の心拍数が持続的に徐脈であるなどの、胎児の状態が悪いと考えられる徴候。
(注3)Apgar score:新生児の体色、呼吸、心拍、筋緊張、刺激に対する反応を出生後1分と5分で計測して新生児の状態を把握する尺度。7点以下は「仮死あり」とする。

「赤ちゃんが産まれてくる」ということは大抵の方にとって、一生のうち最も幸せな事の一つと思います。日本では、周産期医療が発達し世界でもトップレベルの妊産婦死亡率、乳児死亡率、周産期死亡率の低さを誇っています。しかし、妊産婦の死亡も含めて、「お産」は完全に安全にはなり得ません。それは、周産期医療に携わるものが100%の努力をしても...です。そして、家族やその御本人にとっては、「自分(或は自分の係累)がすべて」なのです。上記のことが総合されて、お産にまつわる事故や死亡は訴訟に発展することが多いのだと思っています。

実際に事故や死亡として表れてくる数、頻度は少ないかもしれませんが...その1件が後に訴訟や、場合によっては「自らの医師生命を絶つ事になるかもしれない。」と考えれば相当なストレスになると思います。

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コメント

早速の回答、有難うございます。

やはり、稀なようですね。しかし、医師の方々には稀であっても、ストレスが伴う。難しいですね。ただ医師の方々は、民間企業における技術者という感じを受けます。もう少し、患者とのコミュニケーション技術を上げれば、少し楽になるのかな、という感じはします。

現実的には、50%は、ありふれた病気を淡々と治し、50%は難しい病気に挑戦的に取り組む(比率は喩えです。必ずしも、この比率である必要はない)といった考え方が必要かもしれません。そういった感じで少しずつレベルを上げていく。そんな感じでしょうか。

患者及びその家族としては、現在の医療水準で治る病気が治らないと不満を感じますが、現在の医療水準では、生命に危険であるほど難しいと事前に説明があれば、医師を告発する例は少なくなると思います。要するに、現在の医療水準が明確で、患者側に納得があるかどうかが境目だと思います。

後は医師の方々の考え方の問題です。患者に治ると言って、結果的に駄目で告発されるか、少しでも難しいと思ったら、患者側に難しいと宣告して、ベストを尽くすか。難しいと言って、治せば、患者側には、ものすごく感謝されるでしょうね。でも、それをやりすぎると作為的で、その正体がばれれば、非難されるでしょう。

前にも、書きましたが、基本的には、患者側とのコミュニケーションに尽きると思います。それができるか否かは、その医師の人間性ではないでしょうか。仮にその医師に技術が70%しかなくても、患者側は、その医師をコミュニケーション十分で納得していれば、悲しみは伴っても、不満は生じないと思います。医師側で何もかも抱え込むことのないようにして欲しいですね(医療体制の問題も一緒に考えたいですね)。

投稿: 流風 | 2006年5月21日 (日) 08時39分

こんにちは
流風さま

コメントありがとうございました。

<基本的には、患者側とのコミュニケーションに尽きると思います。それができるか否かは、その医師の人間性ではないでしょうか。

患者さんとのコミュニケーションスキルは大変重要なポイントであると思います。実際、医療訴訟王国のアメリカでは医学部の教育の中で、徹底的に習得するようカリキュラムの中に入れられているところもあります。(ハーバードはそのようです)日本では、こういった教育に重点を置くようになるのは、まだ先のことのようです。

<患者に治ると言って、結果的に駄目で告発されるか、少しでも難しいと思ったら、患者側に難しいと宣告して、ベストを尽くすか。

私は実際には『これは治ります』という言葉を使いません。『多分、このぐらいの治療と期間で治る可能性が高い』とはいいますが....それでも、自分ができるベストを尽くしますし、必要であれば後方の医療施設にお願いします。医療に100%は絶対ありません。医師は体のことを、一般の皆さんより少しだけ詳しいですが、『全てがわかっている』など思ったならば、それは奢りでしかありません。

そして、患者さんと一緒により良い方向へ悩みながら歩いていくのが、医師の仕事ではないか?と思っています。

投稿: befu | 2006年5月21日 (日) 14時36分

それでも理解しない患者様って結構多い気がします。特に小児科はね

投稿: 鬼 | 2006年5月23日 (火) 18時37分

こんばんは
鬼さま

コメントありがとうございました。

<それでも理解しない患者様って結構多い気がします。特に小児科はね

理解していただきたいんですけど...

投稿: befu | 2006年5月23日 (火) 21時45分

befu先生、細かい記述ありがとうございました。
全く先生のおっしゃる通りの事態でありました。

小児科の先生にはいつも助けていただいております。お忙しい中恐れ入りますがこれからもよろしくお願いいたします。

投稿: Bermuda | 2006年5月25日 (木) 15時20分

こんばんは
Bermuda先生

これからもよろしく、お願いします。

投稿: befu | 2006年5月26日 (金) 00時45分

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