« 腸重積 | トップページ | 警察という組織 »

2006年4月16日 (日)

それぞれの病院の役割

4月16日の毎日新聞で以下の内容の記事が出されていました。

「 県立こども病院(安曇野市)を巡り、高度専門医療に加えて救急性のある産科・小児科の一般診療を行う方針を田中知事が示した問題で、大西雄太郎・県医師会長は15日、長野市内で会見し「一般診療を導入すると、現状の水準維持が困難になる。高度医療に特化するべきだ」と述べ、知事の方針に反対した。県医師会は今後、県に対して見解を伝える予定だ。

 同席した須沢博一・松本市医師会長は、同病院がある中信地区では、初期症状から入院が必要な患者まで対応する病院は完備されているとし、「重篤な患者の救命に携わるこども病院に風邪などの救急患者が来ると、感染の危険が高まるうえ、逆に人件費もかかる」と指摘した。

 さらに、大西会長は「医療については、専門家団体の医師会に相談すべきだ」と述べ、県が独自に方針転換したことにも反発した。」

私は、片田舎の公立病院で一人小児科医長です。数年前の経験からですが、数日前より発熱がみられ、徐々に眠り込むようになってきた児が来院されました。グッタリしており全身状態はやや不良で、意識は傾眠と障害されていました。まずは点滴を確保して血液検査したところ、肝臓の酵素であるGOT/GPTがどちらも1万を超えるような凄い数値でした。(正常値はどちらも40程度です)意識障害+肝酵素著明高値から劇症肝炎を疑い、頼りにしている3次施設に搬送しました。搬送先でPT(プロトロンビン時間;肝臓の予備力を反映)の異常低値を確認され診断は確定。その後、2ヶ月程度かかりましたが、血漿交換という血液の中の一部を交換する治療法や持続的血液濾過透析という透析治療の一種を施行され奇跡的に救命できたということがありました。

血漿交換や持続的血液濾過透析などという治療法は、スタッフの揃った集中治療室でなければ行う事が難しく、一人医長の私のところではとても行う事はできません。私のところで治療していたならば、まず助かる事はなかったと思います。私も過労のため倒れているでしょうし、診療もストップしていたでしょう。

このことは、それぞれの病院でそれぞれの役割があることを示しているものと思います。つまり、私が勤めている、いなかの病院の小児科は診療の入り口を担当し、重症で手におえない患者さんは適切に後方病院へ搬送する。患者さんは多いのですが重症患者さんを抱え込まないようにすれば、何とかやっていけます。後方病院は紹介された重症患者さんに出来うる限りの濃厚な医療を行う。熟練した多くのスタッフが必要です。しかし、この状態で感冒等の一般診療を引き受けると、患者数が増えて濃厚な医療は出来なくなります。

長野県では小児医療の3次施設は長野県立こども病院であると思いますが、そこで一般の救急医療を受け入れるとなると、いままで培って来た高次医療を提供する機能に少なからず影響がでることが考えられます。場合によっては、いままで助けられた生命が助けられなくなる可能性まででてくると思います。県の宝である県立こども病院の機能を崩壊させないためには、田中知事に方針転換の撤回をお願いするしかありません。

参考になるHPです。ある産婦人科医のひとりごと。

|

« 腸重積 | トップページ | 警察という組織 »

コメント

神戸にもこども病院はあります。私の勤務時代はまったく一般患者は受け入れず、玄関まで来ても事務が他院を案内して通さなかったぐらいです。その徹底ぶりは、震災の時ですら被災者があえて来なかったというぐらいのものです。

ただし現在は違います。私が退職してからの事なので詳しい経緯は知りませんが、三次という建前はありますが、24時間の救急を受け入れています。この方向になったのは、県議会からの「小児救急対策」の突き上げに対する、県当局の議会対策の産物である事だけは元上司のボヤキで聞かされています。

少し前に成人の救急体制で一次、二次、三次をアメリカのように一体化すれば、救急たらい回しを防げるとかの記事がありました。日本とアメリカでは違います。アメリカは拠点病院の極度の集約化が歴史的経緯から起こり、たしかに1ヵ所で救急を受け入れているかもしれませんが、良く見ればどんなに遠くても1ヵ所しかないのです。

本来からすれば一次、二次、三次と分業すべきところが集約されて1ヶ所になったという事です。日本での体制は、基本的にアメリカに較べると中小規模の病院が医療を分担するように構築されている前提が無視されています。

田中知事も素人考えから、県最高の医療水準のこども病院に、小児救急患者を受け入れさせたら政治的功績と思い込んでいるようですが、その行為が金の卵を産む雌鶏を絞め殺す事になるのに気づかないようです。たぶん気がつくのは絞め殺した雌鶏を見て初めてわかるのでしょうし、分かった頃には彼は知事ではないでしょう。

投稿: Yosyan | 2006年4月17日 (月) 13時24分

こんばんは
Yosyan先生

<アメリカは拠点病院の極度の集約化が歴史的経緯から起こり、たしかに1ヵ所で救急を受け入れているかもしれませんが、良く見ればどんなに遠くても1ヵ所しかないのです。

これは、例えば心筋梗塞急性期の治療方針の違いなどにも表れているのではないかと思います。アメリカでは心筋梗塞の治療ができる病院は結構限られていて、到着するまでに時間がかかります。だから、到着するまでに出来ることをやっておこう、そうしなければ治療成績をあげる事はできない。ということで、一般の方でも使用できるAED(自動式電気除細動器)や、救急車の中でも治療できる、tPA(組織プラスミノーゲンアクチベータ;血栓溶解剤)が開発されてきたのだと思います。(日本でも徐々にそういった、prehospital careは浸透して来ていますが...)

日本では、PTCAができる施設はかなりの数があり、よほどのへき地でない限り、1時間程度では到達できるようになって来ています。よって、こういったprehospital careは重要度が低いと思われます。これは、今の日本の医療事情の中でアメリカに比べて幸せな部分であると思います。

また、3次施設に救急対応を取り入れる場合は、それ相応の人員と部署を別に作っていれる必要があると思います。でも多分、そんなことは考えてなくて、「今の人員でやれ」ということでしょうね...

投稿: befu | 2006年4月17日 (月) 22時22分

>「今の人員でやれ」ということでしょうね...

たぶんそうでしょう。せいぜい少し色をつけて1人か2人か「増強」してくれたら御の字ではないでしょうか。間違っても救急用の別施設と24時間対応の人員を用意するとは思えません。そもそも別棟の施設的なものと十分な人員を用意するのであれば、こども病院が兼務する必要が無いからです。

田中知事のご意向は「ついでにやれば良い」ぐらいにしかないかと考えます。算盤上で言えば「今までの診療数の上に一般患者が増えれば赤字減らしにつながる」以上の考えではないと思います。そんな算盤勘定であるなら、わずかな増員ですら思いっきり渋るのは当然の成り行きでしょう。

言ったら悪いですが、難病の子供の治療と感冒などの軽症の子供の治療の差などは、田中知事には区分が理解できない代物だと考えます。べつに田中知事だけではなくほとんどの一般の方も同様かと思います。おそらく難病とは風邪がこじれて肺炎になった程度と同様に見なしていると考えます。

長野もこども病院ができたときに、その存在意義について理念と目的を高らかに謳いあげたはずです。ところが時代が下れば単に難病の子供もいる普通の病院としか見えなくなったようです。普通の病院であれば普通の患者も見ないのは不思議で仕方が無いというところでしょう。

これが国立がんセンターに食あたりで受診するぐらい不自然なものである事には、相手が子供である限りまったく矛盾を感じていない事に、田中知事の小児救急、少子化対策の姿勢がよくわかります。

投稿: Yosyan | 2006年4月18日 (火) 11時20分

こんばんは
Yosyan先生

<長野もこども病院ができたときに、その存在意義について理念と目的を高らかに謳いあげたはずです。ところが時代が下れば単に難病の子供もいる普通の病院としか見えなくなったようです。

時代とともに当初の目的は忘れ去られるのですね...悲しい事ですが....

投稿: befu | 2006年4月19日 (水) 01時29分

Yosyan先生
兵庫県立こども病院は本当に最低の小児病院でしたね。阪神大震災で受診患者がまったくいなかったのみならず、すぐそばで起きた明石花火大会事故の心肺停止小児患者を一切受け入れなかったのですから。小児病院というのは三次医療をやるぞ、と言いながら実は自分の診たい患者を診ているだけなんですよ。
がんセンターと小児病院を同じレベルで扱うのは間違いです。がんセンターはがん診療に特化している病院で、もちろん小児もいますよね。小児病院は小児診療に特化しているだけで既に特別な病院なのです。決して「小児の難病」のみに特化すべきではないと思います。小児病院と名乗りながら子どもを分け隔てなく受け入れるわけでもなく、特殊中の特殊病院として存在し、それを周りの住民のみならず小児科医も受け入れている・・・笑止千万ですね。

投稿: 小児科医 | 2006年6月24日 (土) 00時53分

behubehu先生
小児病院はすべての子どもに開かれるべきだと思いませんか?あなたのような小児科医が大多数を占めているために、日本の小児病院が腐ったままなのです。兵庫も、千葉も、私が知っている小児病院は、本当にお寒い小児病院です。自分の専門分野の診たい患者だけ一生懸命で、救急患者を毛嫌いする、「何のための小児病院なの?」と問いかけたくなる病院でしたよ。表面上は最後の砦を気取ってはいますがね。

投稿: 小児科医 | 2006年6月24日 (土) 01時03分

こんばんは
小児科医さま

貴重なコメントをありがとうございました。このようなコメントをいただき身を律する糧とさせていただきます。ありがとうございました。

さて、このコメントには現在の小児医療に対する問題点の一部が含まれていると感じます。この貴重なコメントを、小児科医やその他一般の方々にもよく読んでいただき、じっくりと検討していただくためにコメントをコピーした記事を新たに作らせていただきまして広く意見を募ろうと考えております。

どうか、その記事につきましてもすばらしい御意見を賜ります様お願い申し上げる次第でございます。

尚、当記事のコメントは以後、投稿不能としておきます。また、いただいたコメントをコピーした記事に付きましては、広く御意見をいただくためにしばらくの間、当blogのトップに置かせていただきます事を御了承ください。

投稿: befu | 2006年6月24日 (土) 21時41分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101068/9624962

この記事へのトラックバック一覧です: それぞれの病院の役割:

« 腸重積 | トップページ | 警察という組織 »