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2006年4月 4日 (火)

医療の原点

2006年4月4日 曇りのち雨(現在、雷雨)
桜が満開です。この雨は、『花散らし』の雨になりそうです。

今日、久しぶりに国境なき医師団からニュースレターが来ました。これまで、寄付をしたのは2から3回ですが、定期的に5年以上もニュースレターを送ってくれます。この中で、現在の活動状況や、寄付金の使い道等を説明してくれます。

今回のニュースレターの一面は『スーダン』というアフリカ北部の国での話でした。20年以上に及ぶ内戦で、国内は荒廃し、医療も十分に提供できる状況にはありません。栄養失調やカラアザール(内蔵リーシュマニアという致死率の高い感染症)資料により死亡する患者さんが多い。入院時歩く事も出来ないくらいに衰弱した小児が迅速な処置で元気に退院していく姿や、反対に治療が間に合わず亡くなる事などが紹介されており、日本での医療環境との差異を認識させます。

日本では、環境が清潔であり、感染症は少なく、現在のところ医療は簡単に手に届く範囲にあります。また、先進国の中では、医療技術の水準が高く、なおかつ医療費は安いため、医療は提供されてあたりまえの『空気』の様な存在かもしれません。先進医療のおかげで、急性心筋梗塞や頭蓋内出血の軽いものは後遺症をほとんど残さずに治療する事もでき、そして一般には『それが当たり前』と受け取られています。

日本と発展途上の国を同列に並べて比較する事は難しいとは思いますが、医療の根本の部分だけを比べてみると...医療を施している医療者は、『目の前の苦しんでいる患者さんをなんとかして救いたい』そのために『自分の持てるものをすべて使う』ということは同じであろうと考えます。ただ、医療に飢えている状況の国では、『良きサマリア人法』というような法律がなくとも、目の前の重症の患者に対しては『自分の持てるもの』をいかんなく発揮して、救命する努力を惜しまないのではないか?とも感じます。

1971年にフランスで『国境なき医師団』は結成されました。実に35年前です。初期にはマスコミの認知も低く、『あなたにそのような危険な場所で医療を施そうとさせるものは何ですか?』というような質問を受けていた様です。『そこに苦しんでいる患者がいる。そして、我々はその患者に対して治療できる技術を持っている。それだけで十分だ』と答えたといわれます。(ことばは正確ではないと思いますが、内容はこのようなものであったと思います。)この言葉は、『医療の原点』を表していると感じます。
日本においては、医療の技術について既に原点からはなれ日夜進歩しています。しかし、そのかわりに医療に対する評価は原点(ゼロ)に近づいていっているのではないかと、最近は強く感じます。

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