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2006年3月

2006年3月31日 (金)

予防接種と避けられない死

2006年3月31日 晴れ

病院の周りは、桜満開となってきました。

さて、今日は『予防接種』についてです。予防接種:Vaccineは弱毒化した病原体を体の中に入れることにより、その病原体に対する免疫を作り病気にかからない、あるいはかかっても症状が軽くすむようにすることです。

現在、日本で定期接種(つまり、厚生労働省が『この予防接種は受けましょうね』として、勧めている予防接種で万一健康被害が発生しても、予防接種法などで手厚く補償しているもの)は現在、BCG、三種混合(DPT)、ポリオ(OPV)、麻疹、風疹、高齢者のインフルエンザです。
どれも、弱毒化した病原体を体に入れることから、副反応と呼ばれる望ましくない反応が起こる可能性があります。重篤なものとして、接種直後のアナフィラキシー反応ですが、予防接種に対する重症なアレルギーの反応で、じんましんや呼吸困難、ショックなどが起こりえます。場合によっては、生命の危険がありますが、通常このような重篤な副反応は接種100万回に1回程度と極めて少ないとされています。

日本脳炎の予防接種は昨年の夏に突然、定期接種からはずされましたが、以下の理由によるようです。『日本脳炎の予防接種はマウスの脳に日本脳炎ウィルスを接種してウィルスが増えたところで脳を取り出し、ホルマリンなどで処理して、なおかつウィルスをきれいに精製して作る。
しかし、精製の過程でどうしても、極々微量のマウスの脳の成分が予防接種の薬に混入して、それを完全に除去することができない。
マウスの脳の成分が接種された場合に、アレルギーの機序により起こるとされる急性散在性脳脊髄炎:ADEMという脳炎が数週間して発生する可能性が否定できない。』
実際には、自然に発生するADEMと、接種後に発生するADEMの頻度はあまり変わらない(つまり、接種により頻度が増えない)のでは?という見方もありますが、厚生労働省は慎重で、この日本脳炎予防接種を定期接種からはずし、海外旅行や日本脳炎が蔓延すると考えられる場所に住んでいる方のみ、承諾書をとって接種することとしました。
尚、現在、脳を使わない予防接種薬の開発中で、それが出来上がって、安全性が確認されれば接種再開となるようです。

さて、予防接種の効果についてですが、特に麻疹やポリオなどについては、接種が始まってから患者さんが、『ほとんどみられない』ぐらいに減りました。麻疹は特に恐ろしい病気です。
今でも、発展途上国では乳幼児の重要な死因の一つで、予防接種があれば麻疹での子供の死亡数を劇的に減らすことができます。日本でも数年前に接種率の低下から、成人を含む大きな流行がみられ、それに伴い成人が脳炎を併発して亡くなるといった事例がみられました。

麻疹にかかった場合、10人に1人は肺炎、中耳炎を併発し1000人に1人は脳炎を発症するとされています。また、罹患後10年程度して発症する亜急性硬化性全脳炎:SSPEという予後不良の脳炎は罹患数万人程度にひとりとされています。

最近、匿名の電話で次のような相談がありました。現在2歳ぐらいのお子様で、三種混合予防接種を受けるところを破傷風トキソイドだけにしてほしいとのことでした。
訳を聞きますと、『(三種混合予防接種に含まれている)ジフテリアは日本ではほとんどみられない希少な病気である、また、百日咳は乳児期がもっとも重症で、この年齢になれば罹患しても大丈夫なのではないか?と聞いている。だから、必要なのは破傷風だけだ。』と言われていました。

この中でジフテリアは日本では少ない(というよりほとんどいない)のは、確かにそうですが、年長児で百日咳が重症にならないというのはちょっとうなずけません。
医療は100%がない世界です。実際、わたしの近くの病院で5歳程度の児が百日咳に関連する重症の肺炎で亡くなっています。(この児は三種混合予防接種を一度も受けていませんでした。)

小児麻痺と呼ばれるポリオもまた、数十年前には生命の危険がある病気でした。現在の日本では野生株(予防接種に使用したウィルスではない自然界にいるウィルス)によるポリオ発症はずいぶんみられていません。昔の重症の麻痺性ポリオでは呼吸筋が侵された場合、呼吸が停止し『鉄の肺』といわれる人工呼吸器を使用して救命を試みたという話はいまだに老齢の医師の間では語られています。

定期接種となっている予防接種は少なくとも、罹患するといろいろな合併症を起こし、生命に危険が及ぶ可能性や生まれてくる児に重症の奇形を起こす可能性があるものばかりです。

罹患して合併症を発症して助けられないと、これは『避けられない死』となります。しかし、予防接種を受ける事により『避けられる死:preventable death』に変える事ができるかもしれません。それほど重要です、予防接種は…

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2006年3月30日 (木)

別の仕事

病院での別の仕事といえば...情報管理関係のお仕事です。
うちの病院も他のところと変わらず、人が足りていません。オーダリングシステムという、医師が指示を出せば、関係各部署に指示が伝わり、最終的に会計までできてしまうコンピュータシステムを導入しているのですが...専属の担当はいません(悲)

医師や看護師さん、PTさんなどの病院にいる方たちの使用するID等をメンテナンスする必要があります。また、最近は『個人情報保護法』という『患者さんの個人情報は保護しなければならない。そして、患者さんの個人情報は患者さんが希望すれば即座に開示しなければならない』というような法律ができて、病院から個人情報が漏れ出たならば、とんでもない一大事です。

いまはUSBに刺して使用できるフラッシュメモリなど、簡単大容量の記憶装置があり、各端末から『しようと思えば、情報を抜く事が出来る』時代です。少しskillは必要ですが....どうやって、セキュリティを確保するか?できることからやっている状態です。

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いい季節

2006年3月30日 雨のち晴れ
小児科医にとって、いい季節となってきました。冬の間の感染症との戦いは、ほぼこの時期に終わりを迎えます。
そのかわり、気候の変動により悪化する病態(例えば、気管支喘息など)は、これから少しづつ増えてきます。

今日は外来30人程度、入院は1人です。

この時期には、少し休養をとりながら、病院での他の仕事(これが貯まっている...(涙))をこなします。

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2006年3月29日 (水)

医療界と法曹界の間の深い溝

2006年3月29日 薄曇り ちょっと肌寒かった

最近の医師に対する法曹界からの対応について、『なぜ、このようなコトになるのか?』を少しだけ考えてみました。そもそも、お互いの基本的なものごとの考え方に大きな距離があるのではないかと...

医療は人間一人一人に対して、生命の危機から救ったり、苦痛を和らげたり、そういったサービスを提供するもので、現在ではガン末期などの『いずれ亡くなる患者さん』に対して、亡くなる前の良い時間を作ってあげたりする事もあります。(これがホスピスで提供されるサービスです。)もちろん、病気が治る可能性があれば、浸襲を伴う検査や治療を行う事もありますが、全体のバランスとして『その患者さんのためになること』をやっていきます。

これに対して、法曹界の方々は法律によって、社会を混乱させず、スムーズに動かしていくのがお仕事なのではないかと思います。現在の法律はかなり整備されてきていますので(ただ、現状にあわない部分もあります。)、それにのっとって社会が公平で混乱しない方向に進めるように動くというのが基本なのではないかと考えます。ただし、法律の曖昧な部分(例えば、医師法でいう異状死の定義など)は十分に利用して、コトを進める様です。

さて、富山県射水市の射水市民病院で7人の患者が人工呼吸器を外されて死亡した事件(記事)では、尊厳死の基準が問題となります。他国をみると、尊厳死、安楽死(薬物投与などの積極的安楽死も含めて)の基準が法律により制定されているところもありますが、日本ではそれに関連した法律は制定されていません。同様の安楽死事件は複数起こってきており、その中で判例として尊厳死を認める基準を示したものもありましたが、医師側からすると『危なくて使えない』。現実的には、『法的に尊厳死、安楽死は認められない』ということになっています。
私が収集できた情報の中での話ですが、この事件での問題点として
1. 本人の意思を確認できていない。
2. 家族の同意を確認できる同意書が残っていない。
3. 複数の医師により、回復する見込みを否定していない。
などの問題があり、法的にはこの先生の責任はまぬがれえないものと思われます。

しかし、医療の中ではどうでしょうか?医療は『その患者さんのためになること』をやっていくのです。回復の見込みの少ない(というよりガン末期であれば、『まず回復しない』という方が正確と思います。)患者さんが気管内にチューブを入れられ、強制的に呼吸させられる。また、期間が長くなれば、口や鼻からのチューブ挿入では維持できず、気管切開といって喉の気管を前から切開して、そこにチューブを入れなければなりません。このような状態では、徐々に患者さんの顔つきも変わり、眼は濁っていきます。
自分がそういう状況になったときには、こういった延命治療は『ごめんこうむる』と私は思います。

患者さんの家族はそれぞれ考え方があり、『亡くなるまで出来るだけのことをしてほしい』方もいれば、『こんなに変わっていくのはみてられない』という方もおられると思います。もし、家族が後者に属する方達であり、医師に延命治療の中止を懇願した場合はどうなるでしょうか?
その医師は多いに苦しむ事になります。

医療の現場と法曹界の間には大きな溝があります。この溝を埋めるためには、医療の現場で問題となる部分の法整備、医師や医療関係者を裁くための専門的な機関の設置、そして、過失がなくても遺族に補償できる無過失補償精度の確立が必要と考えます。

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2006年3月28日 (火)

医療の限界

2006年3月28日 晴れ 風が強い

これから語る内容の前に、一医療者として我が子を育てる事なく亡くなられた女性及び遺族のかたに深甚なる哀悼の意を捧げたいと思います。

医師は人間です。神ではありません。人間が行う事には完全はありません。医療過誤もあれば、ある一定の確率で出てくる『避けられない死亡』があります。神に近づくため、努力をし、多くの犠牲の上にたって今日の進歩した医療があるのです。

最近になり、医療を取り巻く環境が変化したためか?医師が刑事的に起訴されたり、逮捕拘留されたりすることが見られ始めました。医療上のミスを隠蔽したり、功名心にとりつかれた末に起こった事故や現時点での医療のレベルに著しく遅れた処置によって起こったできごとは許すべきではなく、当事者に厳正な処分が必要と感じますが...臨床医が『患者さんのために精一杯がんばったのだけれども、結果として亡くなられてしまった』というような事象に対して、刑事罰をもってのぞむのは余りに慈悲のないことだと思います。

今回、福島県立大野病院で起こった、医師の逮捕劇はまさに、その範疇に入るものと思われます。(記事)逮捕された医師は、産婦人科専門医として9年目、へき地の中核病院で一人産婦人科医長をしていました。年間200から300例の分娩を『一人で』こなし、20から30例の帝王切開を執刀しており、文字通り『24時間365日』という表現が似合う、そんな生活であったのではないかと推測されます。

ここで、分娩は決して安全ではなく、現在の日本の妊産婦死亡率は世界でも最低のレベルですが、それは産婦人科医や助産師のたゆまぬ努力の賜物であると考えられます。しかし、分娩にまつわる死亡はゼロにはできず、医師の教育の中でも、『常位胎盤早期剥離』『子癇発作』など胎児のみならず、母体の死亡に直結するような内容の疾患がでてきます。

亡くなられた産褥婦さんは、『前置胎盤』という新生児が子宮からでてくる子宮口を胎盤が塞いでしまう状態でした。通常の経膣分娩であれば新生児が出れないどころか、大出血して胎児及び母体死亡の可能性があり、帝王切開の適応です。また、大量出血の原因となった『癒着胎盤』は分娩1から2万例に1例ほどの非常に稀な疾患であり、現在の診断技術を持ってしても術前に診断する事は非常に難しいとのことです。

胎児娩出後、胎盤を子宮より剥離できず大量の出血が始まり(『胎盤をクーパー”手術用のはさみ”で剥離した』ことが問題となっていますが、これは『ありうること』との見解が示されています。)、術野は『血の海』となり、臓器のorientation”臓器のある場所”が付かない状態となっていたと思われます。産科医は一人、前立ち(助手のこと)は外科Dr。更に中央部から離れた病院で、輸血の確保が難しい。子宮動脈の遮断や、子宮摘出(患者さんは子宮温存を望んでいたのではないか?と聞いております。よって、子宮摘出には『相当の覚悟をもって』のぞんだものと思われます。)まで行ったが止血が間に合わず、本当に残念なことですが、出血性ショックで貴重な命を失ってしまった。

これが、いままで集めた情報から推定した、術中の経過だと思います。まとめると...
1.前置胎盤に対して帝王切開を行ったことは問題がない。
2.癒着胎盤は術前に診断する事が非常に難しく、よって、それを推定して準備する事は不可能に近い。(輸血の準備が少なかったとの意見があるが、全ての帝王切開症例にMAP(赤血球輸血用血液)10ℓ分準備することは事実上不可能。)
3.術中の操作については、現在の医療技術と照らし合わせても特に過失があると思えない。

この先生は、業務上過失致死及び医師法違反(第21条 異状死体の届け出義務)にて逮捕拘留、起訴されました。また、逮捕が必要であった理由として、証拠隠滅の恐れ、逃亡の恐れがあるとのことでしたが、逮捕当日まで通常の勤務をされており、その恐れはまったくないものと考えます。そして、診療中に『マスコミ』の前で逮捕するなど、事前に検察、警察が情報をリークしていた疑いもあり、もしそれが本当ならば、非難されるべき行為であるといわざるを得ません。

医療には限界があります。その限界は、医師やその他のco-medical staffの努力、研鑽、そして尊い犠牲の上に、一歩一歩着実に引き上げられてきました。このような『過失』があるとは思えない症例では、医師個人の責任を追求するのではなく、患者さんや遺族に対する補償を行う事、そして、今後のためにこういった事例を防止する策を追求すべきです。それが、医療の限界を引き上げていく、大きな原動力となるでしょう。

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2006年3月27日 (月)

小児科医の現状

2006年3月27日 晴れ
医師になり、もう既に14年。初期研修2年の後、へき地中核病院で2年間小児科一人医長、1年の後期専門研修の後、3年間はへき地診療所で過ごしました。その後、現在の公的病院で小児科の一人医長を勤めています。
この病院にきてから6年目を迎えますが、おおよその数で、外来47人/日、入院は3.5人/日、平均在院日数は4から5日で回っています。月曜日から金曜日まで午前午後ともに外来で、土日のどちらかは地域の輪番をこなしています。
これまで、当院小児科で経験した死亡例は2例。けいれん重積などで気管内挿管を要するような重症例は年間3から4例程度と思われます。

一人のため、なかなか遠くには出れず、学会など『お勉強』にはいけませんが、何とか日々暮らしています。当院にももう一人常勤の枠があるのですが....皆様ご存知の『小児科産科日照り』確保できそうにありません。

以上、いなか小児科の現状です。

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